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民法改正について

平成30年1月19日

1.その1、法律改正の手続

平成29(2017)年6月2日に「民法の一部を改正する法律」が公布されました。主として「債権法」と呼ばれる部分の大改正で、2020年中には施行される予定です。そこで、これから何回かにわたり、皆様方に関係のありそうな部分を中心にご紹介させて頂きますが、今回は「承前」として、法律の改正がいかなる手続を経て行われるかにつき、ご説明申し上げます。法律が初めて作られる場合もほぼ同じなのですが、法律の制定手続に関しては、あまり知られていないと思いますので、この機会に法律の一般的な制定手続を知っておいて頂ければ、と思います。

ご存じのように立法は国会の権限ですが、国会を構成する衆議院にしろ、参議院にしろ、「法律案」を審議しますので、誰が法律案を提出するのか、という問題があります。各議院の議員は一定数の賛同者が集まれば法律案をその議員の属する各議院に提出できます(国会法56条1項)。但し衆議院では、議員の属する会派の承認がないと受理しない扱いとなっています。ここまで制限することの是非は別として、国会に立法権が専属する以上、議員が法案を提出するのが原則のように見えます。しかし、実は行政府である内閣も法律案を提出できることになっており(内閣法5条)、実際に成立する法律の数としては、内閣提出法案が圧倒的多数です。これも、そのことの是非は一先ず置くとして、今回の民法改正案も内閣から提出されています。

内閣提出法案の場合、簡単な法案ですと(所轄省による省議)→(事務次官会議)→(閣議)という順番で議論され、閣議決定を経て提出に至りますが、省議決定の前に内閣法制局による法案審査が行われます。内閣法制局の性格等については後述します。 ただ、今回は大幅改正ということもあり、より複雑、慎重な過程を経ることになりました。

すなわち、まずは法務省内で、改正の必要性や方向性、議論すべき事項といった骨組みのようなものを作成し、法務大臣が、その諮問機関である「法制審議会」に諮問します。法制審議会には必要に応じて部会が設けられることになっており、今回は「民法(債権関係)部会」が設置されました(今回は内容が多岐にわたりますので、「分科会」も設置されています。)。これが平成21年11月のことですから、今回の民法改正までに約8年弱の期間を要したことになります。

この部会は、法務省の担当者や、学者、裁判官、弁護士、各種団体から選ばれた人々等で構成される専門家集団です(刑事法の場合は検察官等も参加します。)。総括的な役割の法務省担当者を別とすれば、学者は理論的整合性や一貫性を重視する立場から、裁判官や弁護士は実務上その法律を運用していく立場から、各種団体代表は、その法律が改正されることで影響を受けるものとしての立場から、どの条文をどのように変えるか、あるいは削除、新設するか、それぞれ意見を述べ合うことになります。それぞれ立場が違いますので、議論が白熱することも良くあるそうです。

そして合意が形成されますと、それを「たたき台」として、いわゆる「パブリック・コメント」に供されます。他からも「広く意見を求める」手続で、この段階で有意義な意見が得られることや、新たな問題点が指摘される場合もあります。そして更に議論して「試案」作成に至るのですが、併行して、「内閣法制局」との調整が必要です。内閣法制局の行う事務には、法解釈に関する「意見事務」と内閣提出法案等に関する「審査事務」があるのですが、「審査事務」というのは、主として、現行法との関係で整合性が採れているか否か、法文の体裁はどうか等について審査する事務です。法務省とは別機関の内閣法制局が法案をチェックする、という構造になっているわけです。 法制審議会も、その部会も、法務大臣の諮問機関に過ぎませんから、法案を決定する権限はありません。従って、部会側としては、自分たちの意見を通すには、審査権限を有する内閣法制局の同意を得る必要があります。できるだけ調整を試みるわけですが、調整ができなければ、内閣法制局側の意見に従うことになります。

このようにして内閣法制局の審査を通過したものが閣議に提出され、慣例として「与党審査」が行われます。政権与党のOKを採る手続で、OKを得れば閣議決定された後、普通はまず衆議院に提出され、審議、可決された後に参議院でも同様に審議、可決されて法律として成立することになります。衆参両院は立法機関ですから、当然修正することはできますが、今回の民法改正に関しては、内容にわたる修正は行われていません。なお、上記の与党審査でOKがでた場合、与党はその段階で、普通は与党議員に「党議拘束」をかけますので、与党が議院で過半数を有している限り、ほぼ可決されることになります。近時、議院における与党と野党の質問時間の割合が問題になっていましたが、野党の質問時間が長く設定されるのは、与党に関しては上記の「与党審査」が行われる関係上、その段階で政府と与党間では、事実上法案をめぐる質疑が行われているし、特に党議拘束がなされた場合は、批判的な質問ができない以上、あまり質問することもないという事情があるからです。あまり知られていない実情だと思いますので、紹介させて頂きました。

民法は、市民の生活を規律する基本法として重要な法律ですが、政治性のほとんどない法律ですので、その改正が国会の場で丁々発止の議論となることもなく、マスコミに取り上げられることもほとんどありません。従って、あまり話題にもなりませんが、上記のように、水面下では多数の専門家といわれる人々が長時間議論を尽くしてできあがっているものだということはご理解頂きたいと思います。

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