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社会保険労務

平成25年5月28日

15.定額残業代制度について

従業員に時間外労働をしてもらう場合、労使協定(いわゆる36協定)を労働基準監督署に届け出た上、割増賃金を支払わなければならない(※労働基準法37条1項)ということは、皆様ご存知のことと思います。

労働基準法37条1項:使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。

この時間外労働に関して、定額残業代制度を導入している方、あるいは導入を検討している方も多いかと思います。「定額残業代」とは、簡単に言うと、割増賃金の代わりに定額を基本給の一部あるいは手当等のかたちで支払うことをいいます。

定額残業代に関しては、平成24年3月8日付で重要な最高裁判決が出ていますので、まずはこちらをご紹介致します。

(1)本件は、基本給が月額41万円で、1ヶ月の労働時間が180時間を超えた場合は1時間あたり2560円を支払う一方で、140時間に満たない場合は1時間あたり2920円を控除するという内容の雇用契約が締結されている事案でした。

(2)争点は、基本給に時間外手当が含まれているか否かだったのですが、原審(高裁)は、①手取額が高額で、②標準的な月間総労働時間が160時間を念頭に、1ヶ月に20時間上回っても時間外手当は支給されないが、20時間下回っても控除されないという幅のある定め方を受け入れたもので、その範囲で勤務時間を適宜調整することを選択したものであり、③そういった雇用契約の条件もそれなりの合理性を有する、として、基本給の中に時間外労働に対する時間外手当が実質的に含まれていると、会社の主張を認める判断しました。

(3)しかし、最高裁は、①時間外労働がされても基本給自体の金額が増額されることがない、②基本給の一部が他の部分と区別されて時間外の割増賃金とされていたなどの事情はうかがわれず、通常の労働事件の賃金にあたる部分と時間外の割増賃金にあたる部分とを判別することはできない、として、原審の判断を破棄しました。

上記最高裁判決を含め、その他の裁判例を見ても、定額残業代については裁判所は比較的厳しい態度をとっています。その内容を概観すると、定額残業代制度が認められるためには、必ず以下の要件を備える必要があります

 

定額残業代部分かそれ以外の賃金部分かを明確に区分しておく

例えば、単に、「○○手当には、時間外手当・休日手当・深夜手当が含まれる」としただけでは、定額残業代部分とその他の労働時間の賃金にあたる部分が明確に区別できているとは言えません。

定額残業代部分が、何時間分の残業代なのかを明らかにしておく

この点、例えば定額残業代部分が20時間分として、その時間を下回っても定額残業代は支払う必要があります。

時間外労働が定額残業代に対応する残業時間を超えた場合は、別途割増賃金を支払うこと

そして、何より重要なことは

上記の事項を、就業規則に明確に規定しておくこと

例えば、定額残業代の有効性が問題になった場合、会社が、従業員には○○手当が残業代であることを説明して了承を得ていた、という主張をされることがよくあります。しかし、仮に労働条件通知書の記載などで合意成立の立証に成功したとしても、就業規則に記載がなければ、裁判で認められることはまずありません。なぜなら、労働契約法において、就業規則より悪い労働条件で労働契約を締結した場合、就業規則の記載が優先することになるからです(※労働契約法12条)。

労働契約法12条:就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。

さらに、給与明細においても定額残業代部分を明示しておいた方が良いです。なぜなら、先ほどの最高裁判例の補足意見において、支給時において、時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されている必要があると指摘されているからです。

 

[就業規則の規定例]

(職務手当)

第○条
職務手当は、その全額を、第△条に定める時間外・休日・深夜勤務手当20時間分の残業代に相当する額の定額残業代として支給する。
 

規定の仕方としては、○○手当という名目で定額残業代を支払う方法以外に、基本給のなかに定額残業代が含まれるとする方法もあります(例:基本給のうち、○万円は、○時間分の残業代に相当する額の定額残業代として支払う)。どちらでも特に問題はありませんが、給与明細に表示しやすく従業員も区別がついていることを認識しやすいということと、比較的裁判所に認められやすい傾向にあるという点では、手当として支払うことをお勧めします。

さて、定額残業代制度を導入するためには、上で述べたような要件をクリアする必要があり、定額残業代の設定労働時間を下回る場合でも減額することは出来ない一方で上回った場合は残業代を別途支払わなければならないわけです。

それでも、定額残業代制度を取り入れるメリットはどこにあるのかを考えると、要は、会社とすれば、従来の基本給総額から一部を定額残業代として取り出すことで全体の支給額を抑えたい、ということだと思います。

新入従業員に対して、このような就業規則を適用することは特に問題はありません。

しかし、気を付けなければならないのは、すでにいる従業員に対しては、時給単価が下がることになるため、就業規則の不利益変更に該当します。そこで、従業員に対して説明することはもちろん、同意書をとっておく必要があります。その上で就業規則を改定し、従業員代表者の意見書を付けて労働基準監督署に提出するようにしましょう。

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