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社会保険労務

令和2年1月9日

53.職場におけるパワーハラスメントについて ②

前回、職場におけるパワーハラスメントについて、法改正により、以下のとおり定義づけされることになったことと、その基本的事項の概要をご説明しました。

職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③の要素を全て満たすもの

今回は、過去に裁判例で問題になった事例のご紹介と、パワハラが生じた場合の対応策等についてお話します。

裁判での具体的事例について

(1)まず、前回述べた6類型の中に「身体的な攻撃」がありますが、基本的にどのような事情があろうと暴力を振るうことは問題です。裁判例においては、被害者の勤務態度に問題があったり、被害者による侮辱あるいは挑発行為があったとしても、違法性ありと判断される可能性が高く、過失相殺(被害者にも過失があるとして請求を減殺する)の主張を排斥した事案もあります。

(2)脅迫や名誉毀損、侮辱行為については、文言の内容にもよりますが、例えば、「存在が目障りだ」「いるだけで皆が迷惑している」「おまえは会社を食いものにしている、給料泥棒」など人格的配慮がみられないような態様は違法であると認定されています。日ごろから口癖のように、「殺すぞ」「あほ」などと言っていたとしても、業務として日常的に極端な言辞による指導を受忍しなければならないとはいえず、被害者が性格的に不器用で言われたことを受け流せない、融通の利かない生真面目なタイプであったと認定した上で損害賠償請求が認められた事案もあります。上司としては、部下の性格やタイプをよく把握した上で、自分の立場や言動がどのような影響を与えうるかを自覚しておく必要があるといえます。

また、直接パワハラを受けた従業員だけでなく、そのパワハラを見聞きしていた従業員に対する不法行為を認めた事例もあります。

(3)退職勧奨についても、面談の頻度・回数が多く、面談時間も長い中で、退職か解雇か二者択一を迫るような態様で行われた事例で、違法なパワハラであると認定されたものがあります。なお、退職勧奨は、従業員が不本意ながら退職届を提出し、後になって退職の意思表示の効力を争うというケースが多く、①労働者を長時間一室に押しとどめて懲戒解雇を仄めかして退職を強要したケース、②客観的には懲戒解雇事由が存在しないのに、それがあるかのように労働者を誤信させて退職の意思表示をさせたというケース、③社会的相当性を逸脱した態様での半強制的で執拗な退職勧奨を行ったケースなどで、退職が無効であるとの認定がなされています。従業員が自由な意思形成により退職の意思表示を行ったかがポイントですので、退職勧奨を行う時間帯や場所、人格の尊重、決断までの猶予期間の付与を意識し、感情的にならないこと、必要な情報提供を十分行うこと、執拗に行わないこと、などといった事項に注意が必要です。

(4)その他の事例

[違法性を肯定した事例]

① ポイントの大きな赤文字で、「会社にとって損失そのもの(中略)あなたの仕事なら業務職でも数倍の業績を挙げていますよ」とのメールを、同じ職場の従業員十名に対しても送信した事例

② 海上自衛隊員が上司から、「お前は三曹だろ。三曹らしい仕事しろよ。バカかお前は。三曹失格だ」などと、個々の行為や技能について言われるにとどまらず、地位階級に言及し人格的非難を行った事例

③ 駐車車両にバスを接触させた路線バスの運転手に対して、事故状況を十分に把握せずに反省していないと決めつけ、炎天下において1か月の構内除草作業を命じた事例

④ 配置転換を拒否した女性従業員に対して、1年にわたり仕事をさせず、他の同僚に命じて仕事の話もさせず、「トイレ以外はうろうろするな」等繰り返し嫌みを言い、電話も取り外した事例

[違法性が否定された例]

① 不正経理(架空受注等)を行った営業所長に対して、是正を指示し、1年以上是正がなされなかったという事例で、業務改善の指導内容は、必ずしも達成が容易な目標ではなかったが不可能を強いるものでもなく、ある程度厳しい改善指導をすることは正当な業務の範囲内にあるとされた事例

② 病院で計測用紙に左右を間違えて記入するなど初歩的で単純なミスを繰り返す職員に対して、医療業務は正確性が要求され、医療事故は単純ミスが原因であることが多いので、時に厳しい指摘・指導、物言いをしたとしても、生命・健康を預かる病院として業務上の指示の範囲内であるとされた事例

③ 日頃からミスが多い従業員(テレアポの一般事務)に対して、どんな些細なことでも反省点を探して日報に記載するように要求した事例で、厳しい指導があったことが事実だが、顧客から感じが悪いという苦情があったが故に改善指導したものであり、いじめ等にはあたらず、業務上支障を来していたことから、教育的見地から業務遂行能力を身につけさせるために日報の作成を命じたもので、個人攻撃を受けていたものではないとされた事例

    

違法なパワハラと業務上必要かつ相当な指導や叱責との区別については、前回述べたとおり、動機や目的の正当性、人格的配慮の有無、注意・指導の態様がポイントです。

パワハラの相談を受けた場合の対応について

職場におけるパワーハラスメントが規定された労働施策総合推進法において、事業主に、労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体勢の整備その他雇用管理上必要な措置を講じなければならないという義務が課されました。

事業主が実際に労働者からパワハラ被害に関する相談があった場合に具体的にどう対応すれば良いかについて述べます。

(1)まず、事実関係の調査が必要です。

最初は、担当者が、関係者に対して事情聴取を行います。仮に第三者からの相談であっても当事者からも事情聴取します。その際注意すべきことは、予断を持たず、公平な態度で接することです。相談後に担当者の対応により二次被害が生じる場合がありますので、一方当事者をかばうような発言はしないように注意しましょう。いつ、どこで、誰が、何をしたかを丁寧に聴取し、原因として思い当たる点がないかどうかも確認しておきます。聴取した内容は他に漏らさないよう秘密の厳守も重要です。

また、できるだけ客観的な資料(メールなど)を収集し、当事者以外の第三者の証言も確認しておきます。

事実関係の調査は計画的に迅速に行うことが必要ですが、とはいえ、拙速な解決方法の選択は禁物です。

(2)事実関係の調査が終了すれば、次はパワハラ行為の有無等について事実認定を行うことになります。事実認定にあたっては、客観的資料や第三者による証言があれば、それらと当事者の主張との整合性がポイントになります。当事者の主張については、内容が具体的か、変遷が見られず一貫性があるか、心理的に不合理な部分はないかといった点に着目してその信用性を判断することになります。直接訴えの対象となった行為だけでなく、小さなエピソードの積み重ねが被害意識の形成に繋がっている可能性があるので、それらも見逃さないようにしましょう。

加害者が全面否認している場合でも、関係者からの事情聴取や資料検討等を通して、加害行為の有無を判断しなければなりません。セクハラの場合など、被害者の同意の有無が問題になることもあります。ただ、裁判例では被害者が真意に基づいて同意しているかについては懐疑的な認定をすることも多く、上司と部下の関係による抑圧、同僚との友好関係を保つための抑圧が働くため拒絶の態度をとりにくい事情があることを意識する必要があります。また、同様に、加害者からの報復や会社の処分を恐れて、被害から時間が経ってから相談することも良くありますので、被害直後に訴えていないことを被害者にとって不利に認定することにも慎重になった方が良いでしょう。

(3)何らかの違法なパワハラ行為があったと認定した場合は、迅速に事後措置を行う必要があります。

まず、加害者に対する処分を検討します。処分としては、配置転換の命令を出したり、懲戒処分を行うことが考えられますが、後に当該処分の有効性を争ってくる可能性があります。暴行により重傷を負わせるなど、悪質性の高い事案の場合には、最も重い懲戒処分である解雇解雇、あるいは普通解雇が有効な場合もあります。

また、被害者に対するフォローも忘れてはいけません。加害者に対して適切な処分を行ったことを伝えた上で、再発防止に努め、仮に被害者が休職している場合には、復職に向けた支援を行う必要もあるでしょう。

最後に、従業員に対するパワハラについての教育や研修の重要性について触れておきます。古いタイプの従業員の中には、自分も怒鳴られながら成長してきたので、同じように部下に接しようとする人がいますが、今の時代にはそぐわないことを理解してもらう必要があります。職場における違法なパワーハラスメントをなくすためには、一人ひとりの意識付けが重要であり、感情的にならない、部下の経験や理解度・習熟度・性格に応じた合理的で的確な指示を行う、できる部下とできない部下を比較しない、情報を共有する、部下に話しかけたり話を聞いたりコミュニケーションをとる、相手のプライドに配慮する、新入社員に対する指導と経験を積んだ従業員に対する指導を意識する、などといった心構えが大切であり、そのような教育や研修を管理職を含めた従業員全員に対して行うことが必要です。

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