トップページ  >  連載  >  社会保険労務54

社会保険労務

令和2年3月4日

54.賃金請求権の時効延長について

現在(2020/3/2)、通常国会において、労働者の賃金請求権の時効延長等を内容とする労働基準法の改正案が審議の対象となっています。民法の大幅改正の施行とあわせて4月1日施行を目指して準備が進められていますが、改正法の成立および施行はもう少し先になりそうな見通しです。ただ、時効が延長されること自体はほぼ間違いないと思われますので、今回は、具体的な改正案の内容とそれにともなうリスクについて、次回以降は、防止策を考える上で知っておくべき裁判例及び基本知識について、ご紹介いたします。

※その後、3月27日に法案が成立し、予定どおり4月1日から施行されることになりました。

時効延長の内容

現在、賃金請求権の消滅時効は2年です。この期間を3年(将来的には5年)に延長する法案が審議されているところです。

なぜ時効が延長されるのでしょうか

その背景には民法改正があります。賃金請求権の時効延長に関係のある民法改正を簡単にいうと、以下の通りです(なお、その他消滅時効に関する民法改正の内容は、こちらをご覧ください)。

使用人の給料等に関する短期消滅時効(1年間)が廃止

・ 一般債権の消滅時効について

①債権者が権利を行使することができることを知った時(主観的)から5年間

②権利を行使することができる時(客観的)から10年間

もともと賃金請求権の時効が2年とされたのは、民法上の1年では短すぎて労働者保護にかけるといった観点からです。これが民法において5年及び10年に統一されたことを踏まえ、労使関係の早期の法的安定性の確保、紛争の早期解決・将来的な紛争の未然防止等の観点から見直しが図られました。

参考までに、改正案の条文は次の通りです。

労働基準法115条

この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から5年間、この法律の規定による災害補償その他の請求権(賃金の請求権を除く。)はこれを行使することができる時から2年間行わない場合においては、時効によつて消滅する

附則143条

第115条の規定の適用については、当分の間、同条中「賃金の請求権はこれを行使することができる時から5年間」とあるのは、「退職手当の請求権はこれを行使することができる時から5年間、この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)の請求権はこれを行使することができる時から3年間」とする。

つまり、賃金請求権の時効期間を2年から5年とするが、当分の間は3年とするという内容になっています。

そのほかの今回の改正のポイントは以下の通りです。

・ 施行から5年経過後の施行状況を勘案しつつ、今後検討を加える

施行された日以後に賃金の支払期日が到来する賃金請求権の消滅時効期間について適用される

・ 労働者名簿や賃金台帳等の記録の保存義務も当分の間は現行法どおり3年だが、賃金請求権の時効期間と合わせて将来的には5年となる

付加金(=賃金未払いに対する一種の制裁として同額の支払を裁判所が命じることがあるもの)の請求期間も合わせて2年から5年(当分の間は3年)に延長される

退職金の請求権は5年の消滅時効を維持(現状と変わらず)

年次有給休暇、災害補償請求権も変わらず(2年を維持)

そもそも消滅時効とは何か

消滅時効とは、一定期間権利が行使されない場合、その権利を消滅させるという制度です。但し、一定期間経過するだけで権利が確定的に消滅するというわけではありません。消滅時効の効果を得るためには、消滅時効の完成を主張する意思表示が必要で、これを「時効の援用」といいます。

時効には、時効の完成を猶予させる事由と、更新事由(時効期間をリセットして新たにスタートさせる事由)があります(改正前の民法では時効の「中断」と呼ばれていました)。例えば、承認、裁判上の請求、催告などが該当します。承認とは債務の存在を認めることで、一部を弁済することもこれに該当します。

[イメージ図]

引用元:法務省民事局「民法(債権関係)改正に関する説明資料」から抜粋

 

また、時効期間を経過した後に、承認(一部弁済)してしまうと、もはや時効の援用をすることができなくなるという最高裁判例(昭和41年4月20日)があります。時効期間満了後に債務を認めたのであれば、債権者としては時効の援用をしないと信用するはずなので、その信用を保護しようという趣旨です。これは、時効期間の経過を知っていたか否かにかかわらず適用されるので注意が必要です。

時効延長によるリスク

時効期間が2年から3年(5年)に増えることで、単純に請求される未払賃金の金額が1.5倍(2.5倍)になるというだけが事業主のリスクではありません。

まず、未払賃金には遅延損害金がつきます。遅延損害金は本来支払われるべき日の翌日から発生します。また、退職前と退職後ではその利率も変わります。民法改正施行後(2020年4月1日以降)は、以下の通りです(退職前の利率は今後の民法の利率変更にともない変動の可能性があります)。

時 期 年 率
退職日以降 14.6%
退職前 3%

また、一般的な賃金未払いによるリスクも増大します。例えば、労働基準監督署による是正勧告や指導が行われ、罰則が科されることもあります(例えば、割増賃金未払の場合、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)。悪質な場合は企業名が公表されます。そして、複数の従業員から同様に未払賃金請求が行われる可能性もありますし、何より、未払賃金請求だけでなく、それに関連してパワハラ・セクハラによる事業主の安全配慮義務違反など他の請求と併せて労働審判あるいは訴訟が提起されるリスクが増大し、対応に多くの労力を要することになりかねません。

つまり、事業主としては、未払賃金を発生させないようなリスク管理がとても重要になるのです。

 

次回は、未払賃金を発生させないために知っておくべき基本的知識について、裁判例を交えつつご紹介したいと思います。

top