トップページ  >  連載  >  社会保険労務70

社会保険労務

令和3年12月11日

70.新型コロナウイルスワクチン接種と労務管理

新型コロナウイルスワクチン接種が進む中、ワクチン接種にかかわる労務管理の問題が色々と考えられます。厚生労働省のHPにおいて公表されている「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」にもワクチン接種に関する質問と回答が新しく加わっていますので、今回は、その内容も踏まえて、ワクチン接種にかかわる労務管理の対応についてお話いたします。

 

ワクチン接種の義務付け

新型コロナウイルスワクチンを接種することは強制ではありません。アメリカなど諸外国では、従業員にワクチン接種を義務付ける企業も出ていますが、ワクチンを接種するか否かは個人の自己決定権に属する事項ですので、従業員に対して強制はできないと考えるべきでしょう。医療従事者についても接種が望ましいとは言えますが、現行法下では強制まで認めることは困難です。一方で、会社としてワクチン接種を推奨すること自体は問題ありません。但し、接種しないことについて不利益な取り扱いをしないなど、事実上の強制にならないよう注意が必要です。 ワクチンの接種を拒否した従業員に対して、拒否したことのみを理由として、解雇や雇止めにすることはできません

 

ワクチン未接種者に対する労務管理

ワクチン接種を行っていない人について、例えば人と接することのない業務に配置転換することが許されるかについては、従業員の勤務地や職種を限定する合意がある場合に、その限定の範囲を超えて配置転換を行うにあたっては、労働者の自由な意思に基づく同意が必要です。限定がない場合は、従業員の同意がなくても、個別契約または就業規則等において業務上の都合により労働者に転勤や配置転換を命ずることのできる旨の定めがある場合には、配置転換を命じることができます。但し、その場合でも配転転換命令に業務上の必要性が存しない場合、不当な動機・目的をもってなされた場合、あるいは労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせるものである場合には、権利の濫用として無効になる可能性があります。新型コロナウイルスの感染防止のために配置転換を実施するにあたっては、その目的、業務上の必要性、労働者への不利益の程度に加え、配置転換以外の感染防止対策で代替可能か否かについて慎重な検討を行うことが必要です。また、優越的な関係を背景として配置転換の同意を強要等した場合、職場におけるパワーハラスメントに該当する可能性があります。事業主は、パワーハラスメント防止のための雇用管理上の措置が義務付けられていますので、労働者から配置転換の同意を得る際は、パワーハラスメントが生じないよう留意する必要があります。

また、ワクチン接種が進む中で、職場内でワクチン接種を受けていない人に対する嫌がらせや差別(ワクチンハラスメント)が生じることも考えられます。接種は強制ではなく、接種することに同意がある人に対してのみ行われます。また、医学的な理由により接種できない人もいます。上司や同僚から接種しないことについて嫌がらせや非難を受けた場合、事業主に対して法的責任を求められる可能性もありますので、接種を強制するような言動を行ったり、職場内でいじめなどの差別的取り扱いが生じないよう、注意喚起や社内教育が必要でしょう。

   

ワクチン接種を採用条件にすることの可否

従業員の採用時にワクチン接種を条件とすることができるかについては、採用条件とすること自体が禁止されるわけではありませんし、面接時にワクチン接種の有無を質問すること自体は問題ないと思います。但し、ワクチン接種の有無は、健康に関するセンシティブな情報ですので、採用条件とする理由を十分に検討したうえで、応募者にあらかじめ開示した上で任意での回答を求めるというスタンスが望ましいと言えます。

 

ワクチン接種のための休暇制度

従業員が安心して新型コロナウイルスワクチンを接種できるように、接種や接種後に発熱等の症状が出た場合に活用できる特別の休暇制度を設けることも奨励されています。そこで、既存の病気休暇や失効年休積立制度を活用することが考えられます。また、ワクチン接種の時間は労務を離れることを認めた上で、その分終業時刻の繰り下げを行ったり、その時間は通常どおり労働したものとして取り扱うことを認めるなどの対応も良いでしょう。そういった制度を従業員が任意に利用できるものである限り、労働者にとって不利益なものとは言えず、また内容が合理的でもあるので、就業規則の変更を伴う場合であっても、変更後の就業規則を周知することで足ります。

なお、失効年休積立制度とは、年次有給休暇は、発生の日から2年で時効により消滅するとされているところ、消滅してしまう有給休暇を積み立てて、特定の目的に対して利用できるように会社が認める制度です。本来消滅するべき有給休暇を病気療養や育児、介護、不妊治療、自己啓発、ボランティア、定年後の再就職の準備等に利用できるため、従業員が安心して働ける環境づくりに役立ち、仕事とプライベートの両立を図ることができるので、離職防止、人材確保にもつながります。年次有給休暇と違って利用する目的を特定することができます。また、利用できる日数の上限(年間10日、最大で40日など)は設定しておいた方が良いでしょう。

 

(失効年休積立制度のイメージ)

ワクチン接種の副反応と労災

ワクチン接種を受けたことで従業員に健康被害などの副反応が生じた場合でも、ワクチン接種は通常労働者の自由意思に基づくものなので、業務として行われるものとは認められず、労災保険給付の対象とはなりません。但し、医療従事者や高齢者施設等の従事者については、医療機関や高齢者施設等の事業主の事業目的の達成に資するものと考えられ、業務遂行のために必要な行為として業務行為に該当し、労災保険給付の対象になると考えられます。

top