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社会保険労務判例フォローアップ

平成25年8月2日

3.成果主義に基づく賃金制度導入にあたって参考となる判例(三晃印刷事件判決)

事案の概要

Y社は印刷などを業とする会社であるが、就業規則を変更し、下記のとおり賃金制度を変更した。変更後の制度内容については文書を配布して従業員に周知させた。

上記新制度により、Y社の従業員Xらの賃金額は各々月額3万円~約10万円減額され、その割合は月額給与の十数パーセントに及んだ。

Y社は、Xらを含む従業員に対して、従前の賃金との差額分を調整手当として3年間支給し、さらに3年間延長した。その後、順次、25%、25%、50%と調整手当を削減し、新制度施行から7年後には調整手当を支給しなくなった。

なお、その間労働組合との団体交渉は断続的に行っていた。

 

以上の事実関係のもとで、XらがY社に対して、賃金の減額は就業規則の不利益変更にあたり無効であるとして、減額分の賃金を請求したという事案です。

争点

主となる争点は、賃金制度の変更を伴う就業規則変更の合理性の有無、です。

本判決の判断

就業規則の変更により労働条件を変更する場合は、変更後の就業規則の労働者への周知の他に、就業規則の変更が以下の点に照らし合理的であるかによって判断する。

本件では、

①労働者の受ける不利益の程度

→ 賃金は労働者にとって最も重要な権利であるから、重大な労働条件に関する不利益であり、その程度は大きい

②労働条件変更の必要性

→ 出版不況の影響等で会社の売上が大幅に減少し、また、印刷業界ではデジタル化が進んでおり、顧客のニーズに対応するためには会社としてもデジタル化を進めざるを得ず、そのための人材確保や育成には旧制度の年功序列賃金制度では、勤務経験の短い従業員の昇給額が少ないという問題点がある。

そこで、印刷業界における技術革新に対応して従業員のモチベーションを高め、生産性を向上させ、会社組織を活性化させるためには、新制度を導入して就業規則を変更することは高度な必要性と合理的な根拠を有する

③変更後の就業規則の内容の相当性

→ 年功序列型の制度に代えて職能資格制度及び職能給を採用する以上、不利益が生じることは避けがたく、そのことで直ちに不合理であるとはいえない。

本件では、調整手当が6年間も支給されており、また、調整手当の削減分は、昇給やベアの原資にあてられていて賃金原資総額は減少していないので、内容は相当である

④労働組合等との交渉の状況

→ 団体交渉等において、調整手当削減方針の経緯について説明している

以上より、確かに重大な不利益を受ける者がいるが、上記事情を総合考慮すると、本件就業規則の変更及び調整手当削減は、高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということができ、本件就業規則変更は有効であるとして、原告の請求を退けました。

コメント

最近は、年功序列型の賃金制度から人事考課査定に基づく成果主義型の賃金制度に変更する会社が多くなりました。つまり、賃金が在籍年数で自動的に昇給していく制度から、一定期間の成績、会社に対する貢献度等を基準として昇給や降給を決定する制度に移行しているわけです。

その主な理由は、企業間競争及び国際競争の激化、あるいは技術革新による経営環境の変化が原因で売上が減少し、あるいは減少することを危惧する会社が、労働者、特に若手従業員のモチベーションを上げてその力を効果的に引き出し、会社の成長と発展を図ることにあるようです。

しかし、ここで注意しなければならないのは、成果主義型の賃金制度に移行することで、賃金が減額される従業員が出てくると、それは就業規則の不利益変更にあたりうるということです。その場合、労働契約法10条が問題となり、本判決も同条に挙げられている事情について、細かく検討を加えています。

同種の他の判決も併せて見てみると、裁判所は成果主義型賃金制度の導入自体には寛容です。それは、年功序列型の賃金制度が社会の実情とそぐわなくなっているという現状、及び、すべての従業員に一律に確実な不利益をもたらすものではなく、誰でも自己研鑽による職務遂行能力等の向上により昇格あるいは昇給することができるという平等な機会を与えられていること、が理由のようです。

とは言え、本判決も指摘するように、一部の従業員に重大な不利益を与え得ることは間違いありません。そのため一部の労働者とトラブルが発生することも多く、また、制度の導入自体はOKでも、その内容あるいは手続き導入の過程に問題があるとして無効とする判決も少なくありません

成果主義型賃金制度導入にあたってのポイントとしては、労働者への周知は当然の前提として、

賃金制度を変更する高度の必要性があるか否か
労使交渉を誠実に行っているか
従前の賃金額との差額を調整手当等で支払うといった「経過措置」を講じているか

が重要になります。

なお、③の経過措置に関して、同種の事案であるノイズ研究所事件判決(H18.6.22東京高裁判決)では、1年間調整手当を支払い、2年目は50%になり、3年目からは0になるという経過措置について、「いささか性急なものであり、柔軟性に欠ける嫌いがないとはいえない」と指摘されています。

そうすると、減少する賃金の額にもよりますが、本判決の事案のように6年とは言わずとも、経過措置を2,3年程度は続けた方が無難でしょう。そして、その後削減するにしても、削減した分を何に使うかも重要です。本件のように昇給やベア原資に用いることで、なるべく賃金原資総額が変わらないようにするなど工夫が必要となります。

参考

平成24年(ネ)第2740号 賃金請求事件(三晃印刷事件)

平成24年12月26日 東京高等裁判所判決

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