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社会保険労務判例フォローアップ

平成26年9月30日

9.メンタルヘルス不調者対応に関する最高裁判例

今回ご紹介するのは、メンタルヘルスに関する10年にわたる訴訟の最高裁判決です。

最近の調査では、6割弱の事業所でメンタルヘルスに問題を抱えている社員がおり、その人数は増加傾向にあるという結果が出ています。また、過去3年間で半数の企業に休職者が発生しているとのことです。メンタルヘルス問題が占める割合がますます大きくなっていく現状の中、本判決は、改めて、メンタルヘルス対策の重要性、放置することのリスクの大きさを再認識させる判決です。

なお、一般的なメンタル対策については、こちらをご覧下さい。

事案の概要

Xは、昭和41年生まれの女性で、理工学部卒のエンジニア。性格は真面目で、もともと慢性的な生理痛を抱え不眠がちであった。
Y社は総合電機メーカーで、平成2年4月、Xを雇用した。
平成12年、Y社は、当時世界最大サイズの液晶ディスプレイの製造ラインを構築するプロジェクトを開始し、Xがプロジェクトリーダーになった。
平成13年3月と4月に、時間外超過者健康診断が行われ、Xは、自覚症状として、頭痛、めまい、不眠等があると申告した(産業医は、特段の就労制限は必要なしと判断)。
③と同様の時期に、Xは神経科の医院を受診し、不眠等を訴えた。このころ、うつ病が発症したとされる。
平成13年5月頃から、同僚から見ても体調が悪い様子で仕事を円滑に行えるようには見えない状態となる。
Xは、同月下旬以降、激しい頭痛を原因に重要な会議を欠席し、12日間連続してY社を休んだ。
⑤の前後、Xは、上司に対して業務の軽減を申し出たり、欠勤を繰り返していた。定期健康診断の問診では、いつも頭が痛く重い、心配事があってよく眠れない、いつもより気が重くて憂鬱になる、など多数の項目の症状を申告していた。
その後もXは欠勤を繰り返し、健康診断時に頭痛、めまい、不眠等の自覚症状を申告する状態が続いた。
平成13年8月、上司に勧められ、Y社のメンタルヘルス相談を受診。療養の助言を受けて、同年9月は1ヶ月近く休暇をとった。
なお、この間、Xは、神経科の医院への通院、その診断に係る病名、神経症に適応のある薬剤の処方等の情報を上司や産業医等に申告していない。
その後もXは欠勤を続け、平成15年1月、Y社は休職命令を発令。
Y社は、平成16年9月9日付けで解雇の意思表示を行った。

本件は、以上の事実関係のもと、XがY社に対して、

①本件解雇が違法無効であるとして、雇用契約上の権利を有する地位の確認と賃金の支払を求め、さらに、

②安全配慮義務違反により疾病に罹患したものとして、慰謝料の請求を求めた、

という事例です。

なお、Xは、平成16年に本件訴訟を提起しましたが、平成19年には労災認定に対する行政訴訟も提起しています。また、Xのうつ病の症状は現在もまだ寛解していません。

 

争点

解雇については、原審(東京高裁)において、Xのうつ病は「業務上」の疾病であることから、本件解雇は、Xが業務上の疾病にかかり療養のために休業していた期間にされたものであるので、労働基準法19条1項に違反するものとして無効と判断しており、本判決もそれを是認しています。

本件での主な争点は、①労働者が神経科への通院、病名、薬剤処方の事実を上司や産業医に申告していなかったことについて、損害の認定にあたって、過失相殺をすることができるか、②本件うつ病において、従業員個人の脆弱性が認められ、損害賠償の算定においていわゆる素因減額をすることができるか、です。

なお、原審では①②ともに肯定して、損害額の減額を認めました。

本判決の判断

争点①について、申告しなかった自らの精神的健康(いわゆるメンタルヘルス)に関する情報は、労働者にとって、自己のプライバシーに属する情報であり、通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報である、とし、使用者は、必ずしも労働者からの申告がなくても、その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っているのだから、上記のような情報については労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で、必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要がある、としました。

その上で、上記「事案の概要」⑤~⑦といった事情によれば、Y社としては、Xの状態が過重な業務によって生じていることを認識し得る状況にあり、その状態の悪化を防ぐためにXの業務の軽減をするなどの措置を執ることは十分可能であったとして、XがY社に対して上記情報を申告しなかったことを重視するのは相当ではなく、これをXの責めに帰すべきものということはできないとし、過失相殺を認めませんでした。

一方、争点②については、Xが、入社以来長年にわたり特段の支障なく勤務を継続していた事実や、業務を離れた後も9年以上寛解に至らないことについても複数の訴訟が長期にわたり続き、その対応への心理的負担を負っていたという事情からはやむを得ない、といった理由から、Xについて、同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れる脆弱性などの特性等を有していたことをうかがわせるに足りる事情があるとはいえない、として、素因減額を認めませんでした。

以上のとおり、本判決は、いずれも原審とは異なる判断を示しました。

なお、具体的な賠償額については、控訴審に差し戻したので、これから判断されることになりますが、休業損害が12年以上に及んでいること、休業補償給付の現実の支給がなされていないことを考えると、休業損害だけで約4000万円(時間外労働及び賞与込みで月額基本給約27万円×12年7ヶ月)、それに慰謝料400万円(原審での認定額)、弁護士費用等を加えると4500万円を超える金額に及ぶのではないかと思われます。

コメント

一般的に、会社が従業員のメンタルヘルス不調に気づく要因として、従業員本人からの申告は期待できません。なぜなら、従業員が会社に知られて不利益な取扱を受けることをおそれるからです。場合によっては従業員に自覚がないこともあります。従業員からの申告が期待できない以上、会社としては、メンタルヘルス不調に気づきうる体制を構築しておくことが必要となります。

本判決は、「使用者は、必ずしも労働者からの申告がなくても、その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っている」と指摘しました。このことは、メンタルヘルスの問題を抱えている可能性を想定して労働者を管理すべきという意味で、相当に高度な注意義務を会社に課しているといえます。

そうすると、使用者としては、労働者自らが気軽に相談できるような体制作りだけでなく、労働者の変化を常に相当な関心をもって見守り、変化に際しては、速やかな配慮を行うことが求められることになります。

上司が、遅刻・欠勤の増加、人事異動や昇進・昇格などの職責の変化、ミスの増加・能率の低下、単身赴任・結婚・出産・離婚等の環境の変化などに気を配り、場合によっては声掛けをするなどのコミュニケーションを日頃から大事にし、今までと行動や様子が違っていないか注意深く見守る必要があります。そこで重要になってくるのが、ラインケア研修です。つまり、毎日部下の働く姿を見ている管理職向けに、メンタル不調者を出さない職場づくりやメンタル不調者に対する対応法などについてのカリキュラムを中心とする研修を行うことが必要です。厚生労働省が平成18年に発表した「労働者の心の健康の保持増進のための指針」でも、ラインによるケアが重要とされています。その中で、管理監督者が「いつもと違う」部下にいち早く気付くことの重要性が説かれているとともに、上司がみるべきポイントが列挙されていますので、参照してみて下さい。

うつ病は増悪していくものなので、使用者としては、できるだけ早く適切な措置をとるべきことを肝に銘じなければなりません。そのためにはメンタルヘルス不調者の「気づき」の感度を上げる必要があり、そうした意識を現場に浸透させるためにも、ラインケアには力を入れるべきでしょう。

また、本判決は、従業員から通院の事実や診断名、処方された薬剤名などの申告がないとしても、そのことで損害額を減額することは許されない、としました。しかし、それは客観的徴表がみられたからであって、一般的な場合にまで過失相殺を許さないという趣旨ではないと思われます。平成26年6月25日に改正安全衛生法が公布され、その中で、ストレスチェックが義務化されましたが(ストレスチェック実施についてはこちらをご覧下さい)、そのストレスチェックにおいて、あえて事実を申告しない労働者やその結果を知りながらこれを秘匿する労働者について、常に過失相殺を否定するものではないでしょう。ただし、上で述べたようなケアが不十分であれば、仮に労働者側に何らかの落ち度があっても、過失相殺までは認められないという可能性はあり得ます

なお、本判決は素因減額を否定しましたが、これにより個人の脆弱性による素因減額の可能性がほとんど認められなくなったように感じます。しかし、過重業務が問題となる以前の時期についても不眠の症状が現れていたという事情や、一般にうつ病は6ヶ月から1年程度の治療により治癒する例が多いとされているので、本件のように長期間寛解しない労働者については、本人の個体側の要因が影響している可能性も否定できないと思われることから、損害な公平な分担という観点からその結論には疑問は残るところです。

 

参考

平成23年(受)第1259号 解雇無効確認等請求事件[東芝(うつ病・解雇)事件

平成26年3月24日 最高裁判決

* 事案を分かりやすくするため一部事実を変更しています。

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