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社会保険労務判例フォローアップ

平成28年8月3日

16.労災の業務上の事由はどこまで認められるか

今回ご紹介する判決は、会社の歓送迎会後に交通事故にあって死亡した従業員について労災保険に基づく保険給付が認められるか、つまり、死亡が業務上の事由によるものといえるかが問題になった最高裁判決です。原審とは判断が異なり、業務上の事由であることが認められました。労災が認められるか否かは、会社に対する損害賠償請求が認められるかに大きく関わり得る問題であり、最高裁判決ということもあり、今後の同種事案に影響が大きいと思われる判決ですので、ご紹介いたします。

 

事案の概要

Aは、金型の表面にクロムメッキをする事業を営む株式会社Yに出向し、営業企画等の業務を担当していた。なお、株式会社Yでは、A以外に7名の従業員がいた。
株式会社Yでは、中国研修生を受け入れ2か月の研修を行っていたところ、株式会社Yの社長業務を代行していた生産部長であるBの発案により、中国人研修生と従業員との親睦を図ることを目的とした歓送迎会を行うことになった
費用は、株式会社Yの福利厚生費から支払われた。
Aは、Bから歓送迎会への参加の打診を受けた際、提出期限の迫った資料作成の必要があることを理由に断ったが、Bから、「今日が最後だから、顔を出せるなら出してくれないか」と言われ、また、歓送迎会終了後に資料作成を一緒に行うと伝えられた。
平成22年8月7日、午後6時半から、飲食店において歓送迎会が開始された。
  Aは、本件会社において資料作成を行っていたが、その作業を一時中断し、会社の所有する自動車で、歓送迎会が行われている飲食店に向かい、午後8時ころ到着した。
  なお、歓送迎会では、従業員1名と中国人研修生らはアルコール飲料を飲んだ。Aは、アルコール飲料を飲まなかった。
午後9時過ぎに歓送迎会は終了し、その後、Bが中国人研修生をアパートまで送る予定だったが、代わりにAが会社に戻る前に中国人研修生をアパートまで送ることになった
Aは、中国人研修生をアパートに送る途中、対向車線を進行中の大型貨物自動車と衝突する交通事故に遭い、午後9時50分ごろ、事故による頭部外傷により死亡した。
Aの妻であるXが、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、管轄の労働基準監督署長は、平成24年2月29日付で、Aの死亡は業務上の事由によるものにあたらないことを理由に、これらを支給しない旨の決定を行った。

本件は、上記の事実関係のもと、Xが、労働基準監督署の決定の取消を求めた事案です。

 

争点

争点は、本件交通事故によるAの死亡が業務上の事由によるものか否か、です。

本判決の判断

原審(東京高裁)は、本件の歓送迎会は、中国人研修生との親睦を深めることが目的として、従業員有志によって開催された私的な会合であり、Aが途中から参加したことや、送迎を行ったことは事業主である会社の支配下にある状態でされたものとは認められないとして、業務上の事由によることを認めず、Xの請求を退けました。

しかしながら、本判決は、まず事実関係をもとに以下の評価を行いました。

(1)事案の概要②の事情(社長業務を代行していたBの発案により、中国人研修生と従業員との親睦を図る目的で開催され、Bの意向により従業員7名と研修生全員が参加し、費用も会社の経費から支払われたこと)に加えて、研修生の送迎も会社所有の自動車が使用されていたことを考えると、本件の歓送迎会は、研修の目的を達成するために企画された行事の一環であり、Y会社の事業活動に密接に関連して行われたものというべきである。

(2)事案の概要③の事情(Aが資料作成業務を一時中断して歓送迎会に参加し、再び会社に戻ることになったのは、Bから、歓送迎会に参加してほしい旨の強い意向を示され、提出期限の延期という措置をとるどころか、むしろ歓送迎会終了後に資料作成業務にBも加わる旨伝えたことによること)によれば、Aは、Bの意向等により歓送迎会に参加しないわけにはいかない状況に置かれ、歓送迎会後に業務を再開するため会社に戻ることを余儀なくされたといえるから、会社がAに対し、職務上、そういう行動をとることを要請していたといえる

(3)事案の概要⑤の事情(Aが研修生をアパートまで送ることになったこと)に至ったのは、もともとBが行うことが予定されており、Aが会社に戻る経路から大きく逸脱するものではないことに鑑みれば、AがBに代わって研修生の送迎を行ったことは、会社から要請された一連の行動の範囲内のものであったといえる。

 

その上で、(1)~(3)の事情を総合すれば、本件の歓送迎会が事業場外で開催されたこと、アルコール飲料も供されたこと、Aが研修生を送迎したことはBの明示的な指示ではなかったこと、などの事情があったとしても、Aは、株式会社Yの支配下にあったといえると判断し、結論として、Aの死亡は業務上の事由による災害にあたると判断しました。

 

コメント

本判決でも指摘しているとおり、従業員の負傷、疾病、障害、死亡について、いわゆる労災保険の給付対象となるには、それらの災害が「業務上の事由」によることが必要となります。

そして、労災が業務上のものであると認められるためには、行政解釈によれば、業務遂行中に(「業務遂行性」)、かつ、業務に起因して発生したものである(「業務起因性」)ことを要します。

本判決は、このうち、「業務遂行性」が主な争点になりました。

 

一般的に、事業場内での作業中、あるいは、休憩中や始業前、終業後であっても事業場内での行動による災害の場合は、事業遂行性が認められやすいといえます。そのほか、例えば出張中の災害であっても、合理的な順路・方法による出張途上にある場合の災害であれば業務遂行性が認められます。

一方で、純然たる私的活動であれば業務遂行性が認められません。

そして、従来の裁判例では、事業場外での任意的な従業員の親睦活動についても業務遂行性が認められませんでした。例えば、会社が主催し、経費も会社負担、参加は任意であり、宿泊を伴う忘年会に参加していた従業員がケガをした事例について、業務上災害とは認められないとした裁判例があります。ここでは、参加が使用者である会社の強制によるものか否かがポイントとなりました。また本件は、労基署でも一審でも二審でも、業務上の事由であるとは認められなかったのですが、本件の歓送迎会が私的な会合であったとみなされたことが大きく影響していると思われます。

しかし、本判決は、従業員が歓送迎会への参加を強制されたとは直接評価していないものの、歓送迎会が行われた経緯や目的、Aが参加するに至った経緯、研修生を送迎するに至った経緯を、丁寧に具体的に掘り下げて検討の上判断を行っています。

そこでのポイントは、従業員の行動が会社の職務上の要請に基づくものと言えるかどうか、にあると考えられます。

最高裁が今回こうした判断を示したことで、今後、労基署の判断が変わるかは分かりませんが、少なくとも訴訟においては従来よりも業務遂行性が認められる範囲が広がる可能性は否定できません。会社の業務場外でアルコール飲料を供しながらの懇親会の場で起こった災害であるからといって、業務遂行性が認められないとは限らないという点は、会社として留意しておく必要があるでしょう。

参考

平成26年(行ヒ)第494号 遺族補償給付等不支給処分取消請求事件

平成28年7月8日 最高裁第二小法廷判決

* 事案を分かりやすくするため一部事実を簡略化しています。

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