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社会保険労務判例フォローアップ

平成28年11月11日

17.同一労働同一賃金に関する判例①(長澤運輸事件)

正社員でも非正規社員であっても同一の仕事(職種)に従事する場合、賃金も同一水準にすべきだとする、いわゆる「同一労働同一賃金」という考え方が提唱されています。

厚生労働省でも「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」が定期的に開催されており、昨年の12月に、「同一労働同一賃金ガイドライン案」が公表されました。

その中で、同一労働同一賃金をめぐる議論に関わる注目すべき裁判例もいくつか出ています。今後、そういった同一労働同一賃金に関する裁判例について、複数回にわたって幾つかご紹介していきたいと思います。

 

 今回は、東京地裁において、1年の期間契約従業員である定年後の嘱託従業員について正社員と同じ賃金を支払うよう命じる判決が出たことで話題になった事案をご紹介します。正社員と非正規社員との賃金格差について、初めて労働契約法20条違反であることを認めたという画期的な判決でしたが、その後、東京高裁において、労働者側の逆転敗訴となりました。

 

事案の概要

Y株式会社は、一般貨物自動車運送事業等を目的とする会社である。
XらのうちX1は、Y株式会社との間で昭和55年6月23日、期間の定めのない労働契約を締結し、バラセメントタンク車の乗務員として勤務していたが、平成26年3月31日定年退職した(なお、他の2名の原告の詳細は省略します)。
XらのうちX1は、Y株式会社との間で、平成26年3月31日付で有期労働契約を締結し、同年4月1日以降も嘱託社員として勤務していた
Xらの定年後の勤務内容は、バラセメントタンク車に乗務し、指定された配達先にバラセメントを配送するというものであり、業務内容は定年前と変わらない
  また、定年後の嘱託社員の労働契約において、業務の都合により勤務場所及び担当業務を変更することがある旨の定めがあり、正社員就業規則にも同様の規定があった
Y株式会社における正社員(期間の定めのない従業員)及び嘱託社員(期間の定めのある従業員)の賃金体系の相違は以下のとおり

(15トンのバラセメントタンク車に乗務する場合)

支給項目 正社員(期間の定めなし) 嘱託社員(期間の定めあり)
基本給 在籍年数及び年齢によるが、最も高い在籍41年以上、50歳以上で、12万7100円 12万5000円
職務給 8万2952円 なし
精勤手当 5000円 なし
役付手当 班長3000円、組長1500円 なし
住宅手当 1万円 なし
無事故手当 5000円 5000円(当初は1万円)
能率給 稼働月額の3.10% なし
歩合給 なし 稼働月額の10%
家族手当 妻5000円、子1人あたり5000円(2人まで) なし
超勤手当 時間外勤務手当、休日勤務手当を支給 同左
通勤手当 公共交通機関1ヶ月分の定期代(4万円上限) 同左
調整給 なし 2万円(老齢厚生年金の報酬比例部分が支給されない期間のみ)
賞与 基本給の5ヶ月分 なし
退職金 あり(但し3年以上勤務) なし
Xらの定年後の賃金は、定年1年前の年収に比べて、約20%~24%減少するに至った
 

本件は、上記の事実関係のもと、Xらが、期間の定めのない従業員に支給されるべき賃金との差額(それぞれ約100万円~200万円)及び遅延損害金の支払等を求めた事案です。

 

争点

本件の主な争点は、労働契約法20条違反の有無です。

なお、労働契約法20条では、「有期労契約労働者」の労働条件が、「期間の定めのない契約労働者」の労働条件と相違する場合、その相違が、労働者の「職務の内容(業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度)」、「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」、「その他の事情」を考慮して、不合理であってはならない旨が規定されています。

本判決の判断

第一審(東京地裁)の判断

(1)まず、本件の労働条件の相違については、期間の定めの有無に関連して生じたものであることは明らかであると認定しました(定年後再雇用であることを理由に労働条件の相違を設けているのであって期間の定めの有無によるものでないとの会社の主張は認めませんでした)。

(2)そして、労働契約法20条違反の有無については、以下のように述べました。

ア 有期契約労働者の「職務の内容」(①)、「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」(②)が無期契約労働者と同一であるにもかかわらず、労働者にとって重要な労働条件である賃金の額について相違を設けることは、これを正当と解すべき「特段の事情」のない限り、不合理であるとの評価を免れない

その上で、本件では、①及び②に相違がないので、「特段の事情」の有無を検討する。

イ この点、一般に従業員が定年退職後も引き続いて雇用されるにあたって、その賃金が引き下げられる場合が多いことは公知の事実であり、賃金コストの無制限な増大を回避しつつ定年到達者の雇用を確保するため、定年後継続雇用者の賃金を定年前から引き下げること自体には合理性がある

ウ しかし、①及②が全く変わらないまま賃金だけを引き下げることが広く行われているとか、そのような慣行が社会通念上相当なものとして広く受け入れられているといった事実はない

エ Y株式会社の定年後再雇用制度は、賃金コスト圧縮の手段としての側面を有していると評価されてもやむを得ず、また、定年後再雇用の賃金水準ないし賃金体系がY株式会社の財務状況ないし経営状況に基づいて決定したものではないことが認められる。

オ その他、労使協議の経緯等によっても「特段の事情」があるとは認められない。

(3)以上より、本件の労働条件の相違は労働契約法20条に違反すると判断し、同条に違反する労働条件の定めは無効であるから、Xらには、正社員の就業規則が適用される結果、正社員の賃金体系がそのまま適用されるとして、Xらの主張を認めました。

控訴審(東京高裁)の判断

(1)まず、本件の労働条件の相違が、期間の定めの有無に関連して生じたものであることは明らかであるとの認定は原審と同様です。

(2)そして、有期契約労働者と無期契約労働者との間で、上記①及び②の内容が概ね同じであることも認めた上で、労働契約法20条が挙げる「その他の事情」の有無について、以下のとおり述べています。

ア 高年齢者雇用安定法の改正により、60歳を超えた高年齢者の雇用確保措置が原則として全事業者に対して段階的に義務付けられる一方で、企業も賃金コストの無制限な増大を回避し、若年層を含めた労働者全体の安定的雇用を実現する必要があること等を考えると、定年後継続雇用者の賃金を定年時より引き下げること自体は不合理であるとはいえない

イ その上で、独立行政法人労働政策研究・研修機構の調査結果等を踏まえて、Y株式会社の属する業種(運輸業)や規模の企業の実情について、①及び②が変わらないままで相当程度賃金を引き下げていることは広く行われている。なお、運輸業において定年到達時と同じ仕事をしている割合は87.5%で、年間給与の水準については、定年到達時を100とすると、平均値が68.3、中央値が70.0、Y株式会社と同じく従業員数が50人から100人未満の企業の平均値は、70.4%であった。

ウ そして、本件では、Xらの賃金は、定年1年前の年収と比べると、約20%から24%の減額が認められるが、他のY株式会社と同様の規模の企業の平均減額率(約30%前後)をかなり下回っており、Y株式会社の運輸業の収支が大幅な赤字になっていることを併せて考慮すると、本件の減額が不合理であるとはいえない

エ また、本件では、ⅰ)無期契約労働者の能率給に対応するものとして歩合給を設け、その支給割合を高くしていること(例えば、15トンのバラセメントタンク車であれば、能率給は稼働月額の3.10%であるのに対し、歩合給は10%)、ⅱ)無事故手当を無期契約労働者より増額して支払ったことがあること(無期契約労働者の月額5000円に対し、月額1万円)、ⅲ)老齢厚生年金の報酬比例部分が支給されない期間について調整給(月額2万円)を支払ったことがある、など正社員との賃金差額を縮める努力をしていた

オ また、退職金についても、Xらは一旦退職して退職金を受給しており、その年齢等を考慮すると長期勤務も予定されておらず、退職金が支給されないとしても不合理性を基礎付けるものとはいえない

カ 労働組合との団体交渉において、定年後再雇用者の賃金水準等の労働条件について一定程度の協議が行われ、Y株式会社が組合の主張や意見を聞いて一定の改善を実施したことも考慮すべき事情である。

(3)以上の事情を考慮すると、本件の労働条件の相違は、職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲、その他の事情に照らして不合理なものということはできず、労働契約法20条に違反するとは認められない、と判断しました。

   

コメント

従来の裁判例では、基本的に契約自由の原則が妥当することから、同一の労働に従事しているからといって同一賃金を支給すべきという原則の法規範性を否定していました。

ただ昨今は、労働契約法が改正され、平成25年4月1日から、本件で問題となった同法20条が施行されるなど、非正規雇用労働者と正社員との待遇格差が問題視されるようになり、次第に同一労働同一賃金の考え方が広まるようになりました。今後も同一労働同一賃金に向けた動きが活発化する見込みです。

 

本件の第一審の東京地裁判決は、同一労働同一賃金の考え方に沿った判決であり、企業に大きな衝撃を与えた判決でした。しかし、同一労働同一賃金という原則の適用を正面から認めたわけではありませんし、飽くまで「特段の事情」のない限りという留保付で同じ考え方を示しただけであるという点は留意しておく必要があります。

結局、地裁の判断は高裁で覆ったわけですが、現在上告中であり、最終的な判断がどう下されるのかは予断を許しません(最高裁の判断が出た段階でまた内容をお伝えいたします)。

地裁も高裁も定年後継続雇用者の賃金を引き下げること自体は合理性があると一定の理解を示していますが、結論として、両者で判断が分かれたポイントは、以下の点にあると思われます。

まず、地裁と高裁とでは、労働契約法20条に規定されている、①職務の内容、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲、③その他の事情といった各項目について、地裁は、①及び②を特に重要な考慮要素とした上で、①及び②が同一であれば、「特段の事情」のない限り相違が不合理であるとの評価を免れないとした一方で、高裁は、①から③を並列的に捉え、幅広く総合的に考慮して判断すべきであるとした点です。①及び②が同一である以上、労働条件の相違の不合理性については、地裁の方がより厳しく判断されることになり、同条の解釈が事実関係の評価に大きな影響を及ぼしていると思われます。

また、高裁が、より具体的な他社の事例に関する調査結果等を踏まえて、定年後の賃金の減少が広く行われていたことを重視したことが大きいと思われます。さらに、定年再雇用後の賃金水準の設定について、Y株式会社の財務状況ないし経営状況に基づくものかについての認定が分かれたことも影響していると思います。

ところで、高裁判決も、同業種、同規模の他会社の賃金水準をもとに「社会的に許容」されている範囲での賃金引き下げを認めたのであり、それ以上引き下げても良いとは言っていません。また、会社の努力(上記「本判決の判断」の2(2)エやカ記載の事情)が考慮されていることも忘れてはいけません。

定年後も定年前と同様の業務に従事させているものの、賃金水準は引き下げるといった場合が多いと思いますが、今一度その賃金水準の妥当性を見直す必要があるでしょう。

日本では年功序列型賃金を採用してきた歴史があり、また、正社員と非正規社員とでは求められる責任の程度や会社への拘束の度合いが異なる場合が少なくないので、そういった現状の中で、同一労働同一賃金という原則が一般化するに至るハードルは高いとは思いますが、厚生労働省のガイドライン案も出ましたので、別の判例をご紹介しながら、今後、企業としてどのように対応していけば良いのかについて、お話していきたいと思います。

参考

1.平成26年(ワ)第27214号、同第31727号 地位確認等請求事件

平成28年5月13日 東京地裁判決

2.平成28年(ネ)第2993号 地位確認等請求控訴事件

平成28年11月2日 東京高裁判決

* 事案を分かりやすくするため一部事実を簡略化しています。

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