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社会保険労務判例フォローアップ

平成30年1月25日

19.同一労働同一賃金に関する判例③(メトロコマース事件)

 「同一労働同一賃金」に関する判例の第3回として今回ご紹介する判例もこれまでと同様、期間の定めのある労働契約を締結していた従業員(以下「有期契約労働者」といいます。)が、期間の定めのない従業員(以下「無期契約労働者」といいます。)との労働条件の相違が不合理であるとして、差額の賃金等を会社に対して支払うよう求めた事案です。

 前回ご紹介したハマキョウレックス事件と同様、各労働条件について具体的に不合理か否かを検討しており、その判断の内容が参考になります。また、末尾のコメントにも記載のとおり、本判決において特筆すべき点もありますので、ご紹介いたします。

 

事案の概要

Y会社は、駅構内における新聞、たばこ、飲食料品等の物品販売等の事業を行う株式会社である。
X1は、Y会社との間で、平成18年8月1日、期間1年以内の有期労働契約を締結し、Y会社の経営する売店の販売員として勤務している。その後、有期労働契約は反復更新されている(他の原告については省略)。
Y会社における正社員(期間の定めのない従業員)及び契約社員(期間の定めのある従業員)の賃金等に関する相違は以下のとおり
支給項目 正社員(期間の定めなし) 契約社員(期間の定めあり)
本給 月給制(年齢給と職務給で構成) 時給制
資格手当 該当者に3000円~5000円 なし
成果手当 該当者に1000円~7000円 なし
住宅手当 扶養家族あり:1万5900円
扶養家族なし:9200円
なし
家族手当 扶養家族1人につき8000円
2人目以降1人につき4000円
なし
早番手当 なし 1回につき売店ごとに150円~300円
皆勤手当 なし 3000円
年末年始出勤手当 年末年始出勤 勤務1回につき3500円(後に4000円に改定)
深夜労働手当 1時間あたり通常賃金の3割5分増し 1時間あたり通常賃金の2割5分増し
早出残業手当 始めの2時間までは1時間につき通常賃金の2割7分増し、2時間を超える分は3割5分増し 1時間につき通常賃金の2割5分増し
休日労働手当 1時間あたり通常賃金の3割5分増し 1時間あたり通常賃金の3割5分増し
代休手当 付与された代休をとらないとき、その残日数に対して1時間あたり通常賃金の2割5分増し なし
賞与 年2回支給あり(原則本給の2ヶ月分プラス一定額) 年2回支給あり(一律各12万円)
退職金 あり なし
褒賞 業務上特に顕著な功績があった社員に対して褒賞あり 一部正社員のみしか適用されない褒賞規定あり
Y会社の従業員840名余のうち、正社員は約600名であり、そのうちXらと同様に売店業務に従事しているのは18名である
 

 本件は、上記の事実関係のもと、XらがY会社に対し、不法行為または債務不履行に基づき、期間の定めのない従業員に支給されるべき賃金との差額及び慰謝料等(Xら4名で約4500万円)とその遅延損害金の支払等を求めた事案です。

   

争点

本件の主な争点は、労働契約法20条違反の有無です。

なお、労働契約法20条では、「有期契約労働者」の労働条件が、「無期契約労働者」の労働条件と相違する場合、その相違が、労働者の「職務の内容(業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度)」、「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」、「その他の事情」を考慮して、不合理であってはならない旨が規定されています。

Xらは、上記「事案の概要」で述べた正社員と契約社員との労働条件の相違のうち、①本給(年齢給・職務給)及び資格手当、②住宅手当、③賞与、④退職金、⑤褒賞、⑥早出残業手当のそれぞれについて不合理な格差である旨を主張しています。

本判決の判断

本判決は、まず前提として、労働契約法20条について、有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違が、期間の定めの有無に関連して生じたものであることを要するというものであるところ、本件における労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることは明らかである、としました。

その上で、労働契約法20条違反の有無について、概要、以下のように判断しました。

(1)「職務の内容」の相違について

Y会社の約600名の正社員のうち売店業務に従事する者はわずか18名であり、大半の正社員は売店業務以外の多様な業務に従事しているところ、専ら売店業務に従事する者は関連会社の再編や登用制度により契約社員から正社員になった者に限られ、その他の正社員はキャリア形成の過程で1、2年程度売店業務に従事するに過ぎない。また、両者で適用される就業規則に変わりはない

他方、契約社員は、売店業務に専従しており、数年おきに売店間の配置換えはあっても売店業務以外の業務に従事することはない

よって、職務の内容(従事する業務の内容及びその業務に伴う責任の程度)に大きな相違がある

Y会社の約600名の正社員のうち売店業務に従事する者はわずか18名であり、大半の正社員は売店業務以外の多様な業務に従事しているところ、専ら売店業務に従事する者は関連会社の再編や登用制度により契約社員から正社員になった者に限られ、その他の正社員はキャリア形成の過程で1、2年程度売店業務に従事するに過ぎない。また、両者で適用される就業規則に変わりはない。

よって、職務の内容(従事する業務の内容及びその業務に伴う責任の程度)に大きな相違がある。

(2)「職務の内容及び配置の変更の範囲」の相違について

専ら売店業務に従事する正社員も含めて、Y会社の正社員は各部署において多様な業務に従事し、業務の必要により配置転換、職種転換または出向を命じられることがあり、正当な理由なくこれを拒むことはできない

他方、契約社員は売店業務に専従し、業務の場所(売店)の変更を命じられることはあっても、原則として配置転換や出向を命じられることはない

よって、職務の内容及び配置の変更の範囲についても明らかな相違がある

(3)以上を踏まえて、各労働条件について、不合理な相違といえるかを検討する。

① 本給及び資格手当(早番手当・皆勤手当)

正社員と契約社員の本給及び資格手当について相違があることは間違いない。

しかし、両者の間には、職務の内容並びに職務の内容及び配置の変更の範囲に大きな相違がある上、正社員には長期雇用を前提とした年功的な賃金制度を設け、短期雇用を前提とする有期契約労働者にはこれと異なる賃金体系を設けるという制度設計をすることには、企業の人事施策上の判断として一定の合理性が認められるといえる

また、契約社員1年目の本給は高卒で新規採用された正社員1年目の本給よりも高く、3年目でも同程度であり、10年目の本給を比較しても契約社員の本給は正社員の本給の8割以上は確保されている。さらに、契約社員の本給も毎年時給10円ずつの昇給が存在すること、契約社員には正社員にはない早番手当及び皆勤手当が支給されていることからすると、長期雇用を前提とした正社員と有期雇用である契約社員との間で、本給等における相違を設け、昇給・昇格について異なる制度を設けることも、「不合理」とはいえない

② 住宅手当

住宅手当の性質について、住宅に要する費用負担の有無を問わず一律に支給されることからすれば、実際に支出した住宅費用の補助というよりは、正社員に対する福利厚生としての性格が強い手当ということができる

そして、Y会社の正社員は転居を伴う可能性のある配置転換や出向が予定されており、契約社員と比べて住宅コストの増大が見込まれること、長期雇用関係を前提とした配置転換のある正社員への住宅費用の援助及び福利厚生を手厚くすることによって、有為な人材の獲得・定着を図るという目的自体は、人事施策上相応の合理性を有するものということができる。

よって、「不合理」とはいえない

③ 賞与

実際の運用を見ると、正社員には、本給2ヶ月分に加えて17万6000円を加えた額が支給されており、契約社員は一律各12万円が支給されているのみであり、両者に相違があることは確かである。

しかし、Y会社の正社員と契約社員との間には職務の内容並びに職務の内容及び配置の変更の範囲に大きな相違があることや、契約社員にも夏季及び冬季に各12万円の賞与が支給されることに加え、賞与が労働の対価としての性格のみならず、功労報償的な性格や将来の労働への意欲向上としての意味合いも持つこと、かかる賞与の性格を踏まえ、長期雇用を前提とする正社員に対し賞与の支給を手厚くすることにより有為な人材の獲得・定着を図るという人事施策上の目的にも一定の合理性が認められる

また、正社員と契約社員との賞与を含めた年間賃金を比較すると、契約社員の年間賃金は1年目では正社員の4分の3以上、6年目では7割弱、10年目でも65パーセント程度の水準が確保されていると認められる

よって、「不合理」とはいえない

④ 退職金

一般に退職金が賃金の後払い的性格のみならず功労報償的性格を有することに照らすと、企業が長期雇用を前提とした正社員に対する福利厚生を手厚くし、有為な人材の確保・定着を図るなどの目的をもって正社員に対する退職金制度を設け、短期雇用を原則とする有期契約労働者に対しては退職金制度を設けないという制度設計をすることは、人事施策上一定の合理性を有するものと考えられる。 また、Y会社の正社員と契約社員との間には職務の内容並びに職務の内容及び配置の変更の範囲に大きな相違があること、Y会社では契約社員のキャリアアップの制度として契約社員から正社員などといった登用制度が設けられているなどの実情がある。

よって、「不合理」とはいえない

⑤ 褒賞

正社員には、永年勤務に関する褒賞はあるが、契約社員にはない(正社員には勤続10年ごとに表彰状と3万円の賞金がもらえるなど)という相違がある。

しかし、Y会社が永年勤続し会社に貢献した従業員に対し特別に褒賞を支給するというものであるから、長期雇用を前提とする正社員のみを支給対象とし、有期労働契約を締結し短期雇用が想定される契約社員には褒賞を支給しないという扱いをすることは不合理とまではいえない。そして、正社員と契約社員との間には職務の内容並びに職務の内容及び配置の変更の範囲に大きな相違があること、長期雇用を前提とする正社員に対する福利厚生を手厚くすることにより有為な人材の確保・定着を図るという目的自体に一定の合理性が認められる

よって、「不合理」とはいえない

⑥ 早出残業手当

上記「事実の概要」のとおり、早出残業手当の支給について、正社員と契約社員との間にはその割増率について相違が存在する。

早出残業手当は、その内容から、従業員の時間外労働に対する割増賃金としての性質を有するものと認められる。そして、労働基準法37条が時間外労働等に対する割増賃金の支払を義務付けている趣旨は、使用者に割増賃金の支払という経済的負担を課すことにより時間外労働等を抑制することにある。かかる趣旨に照らせば、使用者は、それが正社員であるか有期契約労働者であるかを問わず、等しく割増賃金を支払うのが相当というべきであって、このことは使用者が法定の割増率を上回る割増賃金を支払う場合にも妥当するというべきである。そして、長期雇用を前提とした正社員に対してのみ、福利厚生を手厚くしたり、有為な人材の確保・定着を図ったりする目的の下、有期契約労働者よりも割増率の高い割増賃金を支払うことには合理的な理由をにわかに見いだし難い

よって、「不合理」である

(4)上記のとおり、正社員と契約社員との労働条件の相違のうち、早出残業手当に関する相違だけが労働契約法20条に違反するものとし、XとY会社との労働契約のうち早出残業手当を定めた部分は無効であるから、正社員よりも低い割増率による早出残業手当を支給したY会社の対応は、Xに対する不法行為を構成すると判断しました。

そして、その他の債務不履行や公序良俗違反、慰謝料の請求は認めず、早出残業手当の差額分として3609円のみ損害として認めました。

コメント

今回の判例の主な争点となった点は、前回同様、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であってはならない旨を規定した労働契約法20条に違反するか否かです。

労働契約法20条で規定するところの「職務の内容」の相違、「職務の内容及び配置の変更の範囲」の相違について判断した上で、具体的な各労働条件について、その趣旨や内容、実際の運用状況を検討した上で、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違の不合理性を判断するという方法は、前回ご紹介した「ハマキョウレックス」事件と同じです。今回の判例と併せて検討することで、無期契約労働者と有期契約労働者で各労働条件について相違を設けることが妥当か否かを考える上で非常に参考になると思います。

なお、本判決は、一部労働条件の相違についての不合理性が認められてはいるものの、認められた金額は僅か数千円であり、実質的には従業員敗訴といえる事案です。ただ、現在控訴中であり、労働契約法20条に関する裁判例はまだ十分集積されているとは言えない中、前回、前々回ご紹介した2件の判例はいずれも第一審と控訴審とで判断が分かれており、裁判所の判断も定まっていないところがあります。ですので、控訴審でどのような判断がなされるか予断を許しません。要注目です。

さて、本判決には特筆すべきポイントが2つあります。

(1)1つは、労働契約法20条の労働条件の比較対象となるのは、どの範囲の正社員なのか、という点についての判断を示している点です。

本判決でXらは、売店業務に従事する正社員と、Xら契約社員との職務の内容及び配置の変更の範囲を比較すべきであると主張しました。しかし、本判決は、上記「本判決の判断」2(1)で述べたように、Y会社の正社員の大半は、従事する業務が売店業務に限られず、ごく一部の正社員が例外的に専従していると考えられること、売店業務に専従する正社員とそれ以外の正社員とで適用される就業規則に違いがない、といった理由から、契約社員との労働条件の相違を検討する上では、売店業務に従事する正社員のみならず、広くY会社の正社員一般の労働条件を比較の対象とするのが相当である、と判断しました。

労働契約法20条は、職務内容及び配置の変更の範囲を事情として考慮する事になっている以上、正社員である無期契約労働者には配置転換等の可能性があるのにそれを無視して、有期契約労働者と同じ業務に従事している正社員のみを取り上げて比較するというのはおかしいという意味では、本判決の判断は妥当と思われます。

ただ、有期契約労働者と同じ業務に従事する正社員が多くいる場合や、実際に配置転換等があまり行われていない(正社員が当該業務に長期間従事している)、適用する就業規則が異なる、といった事情がある場合は違う判断、つまり当該業務に従事している正社員だけを取り上げて比較すべきという判断になる可能性もあります。

労働条件の相違の不合理性を検討するにあたっては、有期契約労働者と同じ業務に従事している正社員の範囲や業務に従事している期間、就業規則の適用範囲なども考慮に入れて行う必要があります

(2)もう1つは、早出残業手当についての相違が不合理であると判断されたことです。

時間外労働の割増賃金については、2割5分の割増賃金を支払っている会社が多いと思いますが、それは労働基準法上の最低の割増率であり(なお、月の時間外労働時間が60時間を超える場合は5割以上)、その率を上回って支給することは構わないわけです。そして、Y会社は、「事案の概要」で述べたとおり、契約社員には2割5分という法律上要求される最低ラインの率で支給していましたが、正社員には、2割7分あるいは3割5分という率で計算した手当を支払っていました。

この点について、本判決は、かかる割増率について、正社員と契約社員との間で相違があることは不合理であると判断したわけです。本判決も指摘するように、時間外労働に対して割増賃金の支払を義務づけている趣旨は、時間外労働等の抑制にありますので、契約社員と比較して割増率が良いことを正社員に対するインセンティブの1つにすることは憚られるということになります。よって、このような内容の就業規則を規定している会社にとっては見逃せない判決であると言えます。

参考

平成29年(ワ)第10806号 損害賠償等請求事件

平成29年3月23日 東京地裁判決

* 事案を分かりやすくするため一部事実を簡略化しています。

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