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社会保険労務判例フォローアップ

令和4年8月10日

41.運行管理業務から倉庫業務への配置転換命令が無効とされた判例(安藤運輸事件)

今回は、会社が従業員に命じた配置転換命令が無効とされた事例です。就業規則において業務上必要がある場合に配置転換を命じることができる旨の規定があり、特に職務や勤務地を限定していない従業員が対象であっても、配置転換命令が無効とされる場合があります。会社が有効な配置転換命令を行う上で参考になる事案ですので、ご紹介します。

 

事案の概要

Y会社は、一般貨物自動車運送事業等を目的とする株式会社である。
Y会社には、総務部、倉庫担当者が所属する倉庫部門、乗務員が所属し、配送先、配送する荷物などによって分かれる9つの配送担当部門があり、配送担当部門には、それぞれ担当の運行管理者(複数の部門を兼任する者もいる。)がいる。
Xは、平成2年10月ころから平成13年7月ころまで、運送業を営む会社に勤務し、配車業務や運行管理業務に従事した。Xは、その間の平成12年に運行管理者の資格を取得した。また、平成19年10月ころから平成26年8月ころまで、運送業を営む複数の会社に勤務し、運行管理業務や配車業務に従事した
Xは、平成27年10月15日付けで、Y会社との間で期間の定めのない雇用契約を締結した。
Xは、入社直後に運行管理者に選任され、入社後3カ月弱で統括運行管理者に選任された。平成28年8月以降、本件配転命令までの間はa車庫で勤務していた。
Y会社の就業規則には、「会社は、業務の必要により社員の配置転換(職場の転換、職種の変更等)を行う。」との定めがある。
Y会社は、平成29年5月30日、Xに対し、Y会社の就業規則に基づく配転命令権の行使として、同年6月1日をもって本社倉庫部門での勤務を命じ、辞令を交付した(本件配転命令)

本件は、上記の事実関係のもと、Xが、本件配転命令は無効であるとして、Y会社に対し、本社倉庫部門に勤務する雇用契約上の義務のないことの確認を求めた事案です。

 

争点

本件の主な争点は、本件配転命令が無効か否か(職種限定の合意の有無及び本件配転命令が権利の濫用にあたるか)です。

 

本判決の判断の要旨

本判決は、本件配転命令を無効とした第一審(名古屋地裁)の判断を是認しています。

 

職務限定の合意の有無について

本件において、職種限定合意があることを直接的に裏付ける雇用契約書、労働条件通知書などの書面はなく、求人票にもかかる趣旨の記載はない。また、Y会社の就業規則にも職種を限定した従業員の存在を前提とした規定はないことから、XとY会社との間において、Xを運行管理業務以外の職種には一切就かせないという趣旨の職種限定の合意が明示又は黙示に成立したことは認められない

もっとも、XがY会社に採用されるに至った経緯をみると、Y会社は運行管理業務や配車業務を行える従業員を求人していたものであり、求人票にも「入社後、運行管理者の資格を取得していただきます」との記載がある。そうすると、Xは、運行管理者の資格を取得し、複数の会社で運行管理業務や配車業務の経験を有していたところ、これらをY会社に見込まれ、運行管理業務や配車業務を担当すべき者として中途採用されたことは明らかである。そして、Xは、採用後、直ぐに運行管理者に選任され、運行管理業務や配車業務を担当し、さらに、3か月弱で統括運行管理者に選任されている。

よって、XがY会社において運行管理者の資格を活かし、運行管理業務や配車業務に当たっていくことができるとする期待は、合理的なものであり、法的保護に値するといわなければならないので、配転に当たっては、Xのこのような期待に対して相応の配慮が求められる

本件配転命令が権利の濫用に当たり無効か否か

(1)まず、倉庫部門での人員増員の必要性及びXの適性について、第1、第2倉庫の現場作業は基本的に別の会社の従業員が担当していること、本件配転命令時に想定されていた倉庫部門の業務内容の範囲が不明瞭であること、第2倉庫の新設を踏まえても倉庫業務の業務量はさほどではないことがうかがわれること、Xの職歴からしてXの能力・経験が倉庫業務に活きるとは考えにくく、他に適性があると思料される者も存在したこと等によれば、人員増員の必要性及び適性のいずれの観点においてもXを配転しなければならない必要性は高いものではなかったと評価できる。

(2)そして、Xの運行管理業務及び配車業務の適性について、Y会社の主張によると、車回入力の遅れ、輸送事故の頻発、一部の担当乗務員とXとの不調和、高速道路の使用料の高額化といった事象が生じていたことは否定できないものの、必ずしもXに原因があると言えなかったり、慢性的な乗務員不足が原因と評価できる部分が大きいことなどから、およそXが運行管理業務及び配車業務の適性を欠いており、Xを運行管理業務及び配車業務の一切から排するまでの必要性があったものとまでは認めることはできない

仮に、配車業務の円滑化という観点から、Xを潤滑トラック・愛知部門の運行管理業務・配車業務や統括運行管理者から交代させる必要性が認められたとしても、直ちに他の部門で運行管理業務及び配車業務を担当させることができないということにはならず、他の部門で運行管理業務及び配車業務をXに担当させる余地がなおあるか否かについて、Y会社において真剣な検討がされたことはうかがわれない

(3)本件配転命令が他の不当な動機・目的をもってされたものと認めるに足る証拠はない

(4)本件配転命令がXに対し、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものか否かについて、確かに、本件配転命令によって、経済的・生活上の有意な不利益が生じたとはいえない。

しかしながら、本件配転命令の配転先である倉庫部門における業務内容は、Xが有する運行管理者として運行管理業務及び配車業務に携わり、培ってきた能力・経験を活かすことができるという前記のXの期待に大きく反するものである。Y会社からXに対し、新規顧客開拓の営業業務が命じられている点や本件配転命令時に想定されていた倉庫業務の業務内容の範囲が不明瞭であり、今後、Y会社からXに対して慣れない肉体労働の側面を有する本件デバンニング作業等の作業や現場作業を命じられる可能性が十分にあることも看過できない。

よって、本件配転命令は、Xに対し、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものといえる

 

以上より、本件配転命令は、業務上の必要性が高くないにもかかわらず、Y会社において、運行管理者の資格を活かし、運行管理業務や配車業務に当たっていくことができるとするXの期待に配慮せず、その能力・経験を活かすことのできない業務に漫然と配転したものであり、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものといわざるを得ないので、本件配転命令は、権利の濫用に当たり無効と評価するのが相当である。

コメント

配転転換とは、人事異動の一つであり、同一組織の中で、業務内容や職種、ポジション、勤務地などを変更することをいいます。

配置転換について当該従業員の同意がある場合は格別、同意がない場合でも会社が従業員に対して配置転換を命じることができるか否かについては、就業規則等に、業務上の都合により転勤や配置転換を命じることができる旨が定められている場合に、その規定を根拠として行うことができます。但し、雇用契約書等に「勤務地は○○のエリアに限定する」などと勤務地や職種を限定する規定が設けられていた場合は、それを超えた配置転換命令は無効とされています。

一方、就業規則等により配置転換を命じることができる場合でも、当該配置転換命令が権利濫用により無効とされる場合があります。その際の判断基準として、①業務上の必要性の有無、②不当な動機・目的の有無、③従業員が被る不利益の程度を考慮するという枠組みが確立しています。

そして、③については、従業員の被る不利益が、通常甘受すべき程度を著しく超えた場合には配置転換命令は無効とされます。特に近年は従業員が被る私生活上の不利益が重視される傾向にあります。子供の保育園の送り迎えに支障が生じる程度は、通常甘受すべき範囲内とされますが、病気や障害等により援助を必要とする家族がおり、配置転換により必要な援助ができなくなる場合は、通常甘受すべき程度を著しく超えると評価される可能性が高い傾向にあります。

本判決は、従業員の被る不利益について、従業員のキャリア形成の期待を考慮した点に大きな特色があるといえます。従前の裁判例でも、高度なIT技術を有する従業員や医師と言った専門性の高い従業員に関して類似の判断がなされた事例はありましたが、今回、運送業の運行管理者についても同様の判断がなされたという意味では、こうした傾向が今後も広がっていくことが予想されます。

採用の経緯や採用後の業務内容を考慮した上で、Xが資格を活かした業務に就くことができると期待したことが法的保護に値し、配置転換には相応の配慮が求められるとされている点について、従業員が採用後に一定の業務に就いている場合には、当該業務に継続して従事することについての期待は一定程度生じることが通常と思われますので、その期待に配慮しなければならないというのは、会社の人事異動の裁量を狭くする意味で会社にとっては厳しい判断のように思います。

 

法律上特に問題のない配置転換命令を従業員が拒否した場合には、雇用契約違反となり、就業規則等の規定に基づいて懲戒処分等を命じることもできます。しかしながら有効な配置転換命令か否かについては、配置転換を行う業務上の必要性、採用に行った経緯や採用後の業務内容を含めて、従業員の被る不利益の程度を勘案して慎重な検討が必要になります。

 

仮に従業員が配置転換を拒否した場合の実務対応としては、まずは従業員の懸念事項を確認した上で、その懸念事項を取り除く努力を行うことが重要です。例えば、配置転換後の自身の役割に不安を感じている場合は、配置転換後の業務内容や期待される役割について丁寧に説明することが必要ですし、経済面での懸念事項を抱えている場合は、手当や家賃補助、基本給の増額など、待遇の見直しを検討することも必要でしょう。また、生活面での不安を抱えている場合は、その事情を丁寧に聴取する必要があります。病気や障害等で援助を必要とする家族がいる場合、看護状況を確認して、重大な支障が生じると判明した場合には、配置転換命令自体の再検討も必要となるでしょう。

   

参考

令和元年(ネ)第917号 配転命令等無効確認請求控訴事件

令和3年1月20日 名古屋高裁判決

* 事案を分かりやすくするため一部事実を簡略化しています。

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