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消費者問題

平成26年1月29日

9.企業のための消費者法 ―顧客との交渉段階での問題 ②―

前回は、交渉段階における問題点のうち、消費者の意思形成が歪められた場合として、誤認や困惑による取消しの問題を論じました。今回は、消費者が適正な意思形成をするための、事業者側の「説明義務」について考えてみましょう。

事業者と消費者との間の取引(以下、「消費者契約」といいます。)における説明義務とは、「取引を行うにあたり、事業者が消費者に対して、取引の内容、客体の性状、取引に伴うリスクなどについて情報を提供し、説明する義務」のことだと一般的には言われています。

 

民法の世界における対等な個人同士の契約では、買い手は自分が買う物については自分でその内容を吟味し、売買条件も自分で交渉して決めるのですから、売り手側に説明義務というものは原則として観念されません。端的に言うならば、市民間で売り買いするときは、「買い手の方が注意せよ」という論理です。

しかし、消費者契約では、事業者と消費者との間に情報・交渉力の格差が存在しています。売買対象物である商品は、事業者が専門的に製造または仕入れしたものですから、商品に関する知識は事業者に偏在し、販売条件も事業者が定型的に決めていることが殆どであり、消費者としては多少値交渉をする場合があるくらいで、買うか買わないかの選択をするだけです。しかも、新しい商品などの場合、消費者がその商品の内容や特性を知らなければ、説明してもらえなければどんなものかわかりませんし、対象商品の危険性や使い方に関する情報が正しく伝えられなければ、意図したとおりの効果が得られなかったり、思わぬ副作用に戸惑ったりすることも出てきます。

そこで、消費者契約法3条では、事業者に対して、「消費者の理解を深めるために、消費者の権利義務その他の消費者契約の内容についての必要な情報を提供するよう努めなければならない」と規定して、事業者に情報提供の努力義務を課しています

 

こでは「努力義務」とされており、この努力を怠って契約しても直ちに損害賠償や契約解除に結びつく訳ではないような微妙な言い回しがなされています。しかし、事業者が情報提供を怠ったために、消費者が商品内容やリスクなどを誤解して契約し、その結果、損害を被った場合は、不法行為に基づく損害賠償責任民法709条)や、契約締結過程における信義則上の義務違反として債務不履行に基づく損害賠償責任民法415条)を追及されることになると思われます。つまり、本来は対等な個人間の契約を規律する民法の理屈も、消費者契約の場面では、売り手の注意義務が加重して捉えられるということです。肝心なのは、形式的に情報提供さえすればよいというのではなく、相手(消費者)の立場や個性に合わせて、買い手に商品内容やリスクを十分に理解させるということです。端的にいうと、事業者が消費者相手に売り買いするときは「売り手の方が注意せよ」ということになります。

なお、前回ご説明した誤認惹起による取消しのうち、重要な不利益事実の不告知(消費者契約法4条2項)の場合は説明義務違反の一つですが、契約の取消しまで認められています。

 

以上は、一般的な説明義務の問題ですが、個別に法律ごとに説明義務の規定を置いていることもあります。例を挙げると、特定商取引法では各種の商取引ごとに、契約内容を記載した書面の交付や広告表示の内容を義務づけたうえ、訪問販売、連鎖販売取引、業務提供誘引販売では、不利益事実の不告知を禁止行為とする行政ルールを設けて、違反に対する取消しの民事効のほか、行政処分や刑罰を科すこととしています。また金融商品取引法保険業法などでも重要事項の説明が義務づけされています。これらは行政ルールですが、元本割れのリスクがある金融商品については、その説明を怠ったときには損害賠償責任という民事効も規定されています(金融商品販売法5条)。

消費者が、契約という自己決定をするためには、そのための基本情報が適正に提供されていなければなりません。事業者がきちんと商品や契約の内容を説明し、顧客に理解させることが 有効な契約の第一歩であり、事業者としての信用性を高める手段です。説明義務がなおざりにされるとき、消費者の契約に向けた意思形成は歪められてしまいます。そのときは契約解除や取消し、損害賠償などの法律問題に巻き込まれることはもちろんですが、何よりも事業者としての信頼性が失われることに注意してください。

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