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消費者問題

令和2年11月9日

30.事業者のための消費者問題 ―消費者紛争はどのように処理されているか その1―

消費者紛争における裁判の壁

事業者と消費者間のトラブルのことを「消費者紛争」と呼んで、議論を進めます。消費者紛争は現代型民事紛争の一類型であり、複雑な法制や立証の困難が伴い、専門性が要求される分野だと言われています。

しかし消費者紛争が裁判所に持ち込まれることは、全体の事件数からするとごく僅かであり、裁判官にとってはあまり経験しない事件といえ、経験知というものが期待しがたい類型に属します。

そのうえ裁判所に持ち込まれる消費者紛争は、他の方法では解決できなかった案件であり、事実の認定や法律の適用が容易でないものがほとんどで(全てと言ってもよいくらいでしょう)、当事者の主張や立証を丁寧に汲み取ったうえ、法解釈の上においても工夫を凝らさないと適切に解決することが難しいものです。

これまで消費者紛争にあたっても、裁判官が一般の民事事件と同じ感覚で、努力や工夫なしに「一丁あがり」方式で処理してしまう例が少なからずありました。裁判では、権利や義務否定を求める当事者が、その要件事実を主張立証できないものは認められない(負け)という鉄則があるので、消費者の言い分がなかなか容れられない壁があったのです。

 

新しい潮流としての司法研究報告

しかし近時、司法研修所(最高裁判所の付属機関)が、司法研究報告のテーマとして消費者紛争を採り上げました。このことからすると、裁判所も最近は消費者紛争の適正妥当な解決について問題意識を持っていることが伺えます。

この研究報告には三つの特徴がありますが、その一つ目は、消費生活相談員やACAP(公益社団法人消費者関連専門会議)の会員事業者から聴き取りを行って、消費者紛争を、消費者、事業者の双方の現場からみた角度で紹介されていることです。またPIO-NET (全国消費生活情報ネットワーク・システム.国民生活センターのホストコンピューターと全国の消費生活センターに設置した端末機を結んで、消費者に関する情報、事業者に関する情報等が登録されているシステム)が紹介され、裁判におけるPIO-NET情報の活用についても検討されています。

特徴の二つ目は、難解で避けられがちな消費者取引をめぐる法制全体の構造と仕組みがわかり易く説明されていることです。ここでは比喩的に消費者取引法制を「3階建構造」とし、1階部分が民法、2階部分が消費者契約法、3階部分が特定商取引法、割賦販売法、金融商品取引法等の特別法として整理され、消費者相談の現場(消費生活センター)では要件が比較的具体的で使いやすい2階、3階部分の適用可能性が検討されているのに対し、裁判レベルで問題となるのは2階3階の取消事由等に該当しない事案、或いは当たるかどうか微妙である事案、いわゆる「すき間事案」であり、その対応として1階部分(民法の不法行為や公序良俗違反などによる構成)の適用可能性が検討されていることが説明されています。

三つ目の特徴は、消費者行動の特性を考慮するうえで有益な社会心理学や行動経済学の知見が消費者被害の現場で起こりがちな具体的事例への当て嵌めを行いながら説明されていることです。

 

実態に即した解決のために

上記司法研究は、消費者紛争の審理や認定判断にあたり重要なことは実態に即した認定判断をし、かつそれに必要な審理を行うことであるとし、事業者から出される書証と消費者行動特性を踏まえない経験則だけに頼って判断することは実態に即さない結論を導くことにつながりかねないという警鐘を鳴らしています。次回には、この研究を担当した裁判官の講演を踏まえて、もう少し深堀してみましょう。

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