トップページ  >  連載  >  相続16

相続

平成27年6月29日

16.再転相続と相続放棄

例えば甲が死亡して乙が甲の法定相続人でした。しかし、乙は甲の相続を承認するか放棄するかを決めずに、熟慮期間中に死亡しました。丙が乙の法定相続人です。このように短期間に相続が数度生じることを「再転相続」、丙を再転相続人と言います。この場合、丙は、甲の相続と乙の相続のそれぞれについて放棄するか承認するかを決めることになり、その熟慮期間は、丙が自己のために相続の開始があったことを知ったとき(普通は乙の死亡を知ったとき)から起算するとされています(民法第916条)。なお、話を簡単にするために、それぞれの法定相続人は一人にしていますが、法定相続人が複数いても同じことです。

ところで、丙が「①甲の相続」と「②乙の相続」の二つについて承認するか放棄するかを選択する場合、「①承認、②放棄」、「①放棄、②承認」、「①も②も承認」、「①も②も放棄」という4種の選択肢があります。加えて①と②のいずれの承認または放棄を先に行なうかという順序も考慮すると8種です。勿論丙はその内の一つを選択するわけですが、その場合、常に丙の希望通りの効果を発生させられるのか、が今回の問題です。

丙の選択の効果が問題になった例として、最高裁昭和63年6月21日の判例があります。実際には複数の相続人がいましたが、事案を上記のように単純化してご説明致します。特徴としては、甲には多額の遺産があり、乙は多額の借金を負っていた事案でした。

この場合、乙の債権者は、甲の相続が放棄されなければ、乙が相続する甲の遺産から貸金の返済を得られます。また、乙の相続が放棄されなければ、丙に請求できます。しかし丙はまず甲の相続を放棄し、次いで乙の相続も放棄したため、これらがそのまま認められると、乙の債権者は貸金の返済を受ける途を閉ざされてしまうことになりました。乙の債権者は、①「丙が甲の相続を放棄するなら乙の相続は承認すべきだ」、また、②「乙の相続を放棄するなら、丙に甲の相続の放棄まで認める必要はない」、と考え、その点が問題になりました。

ここでの理論的な問題点は二つあります。

一つ目は、丙が甲の相続を放棄することが、乙の相続財産を処分したことにならないか、という問題です。これが肯定されると丙は乙の相続を単純承認したものと見なされてしまいます(民法第921条第1号)。上記の、乙の債権者の言い分の①の論点です。

二つ目は、丙が乙の相続を放棄した場合、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものと見なされます(民法第939条)。そうすると、先に丙が行なっていた甲の相続の放棄は、遡って相続人ではなかったものによってなされていたことになってしまうので無効ではないかという問題が生じます(上記の乙の債権者の言い分の②の論点です。)。

ややこしい話ですが、要するに、丙が相続放棄できるのは、甲の相続、乙の相続のいずれか一方だけなのではないか、という話です。

これらの問題につき、上記判決で最高裁は、概略、

(1)
一つ目の問題について、丙は、甲の相続を放棄したからといって、乙の相続を放棄できないわけではない。
(2)
二つ目の問題について、丙が乙の相続を放棄したからといって、先に丙が行なっていた甲の相続の放棄が遡って無効になるものではない。

と判断しました。

それぞれの判断に関する理論的な説明は省略しますが、この最高裁判例により、丙が、甲の相続放棄、乙の相続放棄をこの順番で行なうことは可能であるということになりました。

しかし、注意しなければならないのは、二つの相続放棄がともに認められたのは、上記の順番で放棄したからだ、ということです。仮に丙が、先に乙の相続を放棄してしまうと、そのことで、丙が乙の相続人ではなくなるという効果が確定してしまいます。そうすると、「その後に」丙が甲の相続を放棄することは、もはやできません。二つの相続につき、ともに放棄したいと思っても、放棄する順番を間違えると、一つはできなくなることがあるのです。

応用問題ですが、仮に丙が甲の相続の承認を先にして、次いで乙の相続の放棄を行なうと、丙は甲の遺産だけは取得できるのでしょうか。これを肯定する見解もあるようなのですが、否定する見解が通説と言えます。

肯定説、否定説の理論的な説明は省きますが、仮に乙が自ら甲の相続を承認し、その後乙が死亡して丙が乙の相続を放棄するという通常の相続の場合、丙が甲の遺産だけを取得することはありません。再転相続だという理由だけで、丙に通常の相続の場合以上の権利を与えなければならない理由はありませんから、裁判になっても、これは否定されると思われます。

このように、再転相続が生じた場合、それぞれの相続を放棄するか承認するかを決めるだけでは十分ではなく、その結果どうなるかを検討しなければなりません。その場合に承認や放棄を行う順番も重要だということはお分かり頂けたと思います。相続を放棄する場合に特に問題が生じますので、再転相続人になられ、放棄したい相続があるような場合は、放棄する順番も含め、事前に専門家に相談されることが必要です。

top