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相続

平成27年12月1日

21.相続分なきことの証明書

皆さんは、「私は、生計の資本として、被相続人Aから、すでに財産の贈与を受けており、Aの死亡による相続については、相続する相続分の存しないことを証明します。」というような内容の文書を見たことはありませんか。「生計の資本」の部分は、「婚姻の際」であったりします。以前ご説明申し上げましたように、これらは「特別受益」と呼ばれるもので、それが多額ですと、具体的相続分がゼロになるということがあります。上記の文書はそのことを証明するという内容になっており、「相続分なきことの証明書」などと呼ばれています。

どういう場合にこの書面を用いるかというと、上記の例ではAの相続財産である不動産を相続人Bが単独相続したという登記をする場合です。他に共同相続人C、D、Eがいる場合、その全員が上記の証明書を印鑑証明書添付で提出しますと、Bの単独申請でBへの相続登記ができる、というのが古くからの登記実務の扱いだからです。

登記官は形式的な審査権しかありませんので、このような証明書が提出されても、「どういう特別受益があったのか」などと言ったことは詮索しません。書面の形式さえ整っておれば、受付けざるを得ないのです。手続きとしては確実、簡便ですので、特別受益など得ていないという場合にも、この手続きが便法的に多用されてきたのが実情です。

高松家庭裁判所が登記実務を行なう司法書士さん等に宛てた「生じ得る問題点の指摘」があるのですが、この書面が便法的に用いられることの問題点が網羅的に述べられていますので紹介します。

1
相続放棄とは異なり、債務は承継するので、後日債務弁済の追及を受けるおそれがある。
2
生前贈与がないのにあると記載するので、相続税(贈与税)の追及を一応受けて紛議を起こしかねない。
3
本人の関与なく作成されるおそれが多分にある。
4
この方法で行なうと交換条件の履行は確保できない。
5
親から何も貰っていなくても貰ったことにするのだから、そのことで後日紛争を生じかねない。
6
未成年の子でも親が親権者として簡単にできるから、子の利益を害するおそれがある。

上記の1については、この「便法」は他の相続人が相続放棄をしても良いと思っている場合に用いられることも多いので、相続債務があった場合に困るという指摘です。特に、適式に相続放棄ができる期間内に、手続きが面倒だからということでこのような便法を使ってしまうと、もはや相続放棄もできなくなり、債務を承継してしまいますので、気をつけねばなりません。一般にはそういう知識のない方も多いので、これはかなり大きな問題です。

上記2は、記載通りで、本来この方法は、生前贈与(特別受益)があった場合に使用するものです。第三者には便法か否かは分かりませんので、税務署としてもどんな特別受益を得たのかについて、一応調べに来る場合があり得ることになります。便法だと分かれば問題にはならないでしょうが、税務調査を受けて、それに対応しなければならなくなるだけでもかなり面倒臭いことです。

上記3は、偽造の危険で、これは実務に携わる司法書士さん向けの指摘です。

上記4と5は同時に発生しがちな危険です。例えば上記の例でBが不動産を取得し、その代わりBからC、D、Eに代償金を支払うという約定があったとしても、代償金が確実に支払われるとは限りません。あるいはBさんが不動産を取得する代わりに相続債務はBさんが支払っていくという約定があった場合、Bさんが支払ってくれるとは限らないばかりか、Bさんが支払えなくなると、C、D、Eさんは債務支払いを拒めなくなります。また、BさんがC、D、Eさんに対し、「多額の特別受益を得ているなら、俺が代償金(あるいは相続債務)など支払う必要はないはずだ。」と言い出す危険もある、ということになります。

上記6は、以前ご説明しましたように、相続人中に未成年の子がいる場合、遺産分割協議をするのであれば、子のために特別代理人を選任しなければなりません。しかし、「相続分なきことの証明」は、単なる事実証明であるという理由で、特別代理人の選任が不要です。しかし、そのため、子の利益を侵害しかねないわけです。

法律制度というものは、一定の法律効果を生じさせるために一定の手続きを要求する場合が多くあります。上記の「相続放棄の手続き」、「特別代理人の選任」などもその例です。面倒な場合が多々あることも事実だと思います。しかし、「この方が簡便」だからということで、真実とは異なる手続きを採るという場合には、それに対応したリスクがほぼ確実に隠れていることを理解すべきです。多くの場合はすべてのリスクを想定してその対応策を採る方がよほど面倒臭いものですし、対応できないリスクが隠れている場合さえあります。自分の場合はそういうリスクが顕在化しないだろうというのは根拠のない期待に過ぎません。

勿論、私たち弁護士の立場としては、可能な限り便法的手段は避けて、「正攻法」で望むことを強くお勧めします。

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