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税制知っ得

平成29年2月28日

39.相続発生後の事業の承継と手続

相続による事業承継は事業の開始

法人が主体となり、事業を行っている場合には、株主の死亡により相続が発生しても、その会社自体は存続しているため、一般的には、法人税の課税関係に変更は生じません。ところが、個人が事業を行っている場合には、事業主である個人の死亡により相続が発生すると、①民事上、②業法上、③課税上の場面で、変動が生じます。事業主の父親が亡くなったものの、その右腕として父親の下で事業を遂行していた以上、それぞれの観点について、相続人である自分は当然に父親の地位を承継するなどと思ってはいないでしょうか。実は、必ずしもそうではありません。というよりも、新たに事業を始める、というくらいに認識した方が安全確実です。相続が発生した後、共同相続人と遺産分割協議しているうちに、あっという間に、相続税の申告期限の10か月が過ぎてしまいます。相続を機に事業を承継する場合、その期限よりずっと前に、なすべきことがたくさんあります。特に、業法上、課税上、一定の権利や税制上の優遇措置を享受するためには、期限までに必要な手続を採ることが必須です。そこで、相続人の事業の承継が円滑に進むよう、総論として、基礎となる基本的な考え方と、各論的として、①から③のそれの観点からチェックすべきことを整理したいと思います。

基本的な考え方

相続とは、被相続人の死を機に、被相続人に属した一切の権利義務関係が包括的に承継されることをいいます。但し、一身専属の権利義務はその対象になりません(民法896条)。一身専属とは、権利や義務の性質から、その本人に限ってのみ認められるべき権利や義務のことです。例えば、自動車免許など国家資格、身元保証人の地位などがあります。例えば、父親が税理士でその相続人が手伝いをしていたからといって、その相続人が資格を承継できないのは、公益のため父親の識見に基づいて資格が付与されているという趣旨に遡って考えれば自明のことです。同様に、青色申告の承認についても、その個人に着目して承認されているので、先代が死亡すれば、その特典も消滅してしまうと考えるのが筋です。

要するに、被相続人に属していた権利と義務について、頗る被相続人の属性に着目して発生していた場合には、承継されない、という前提で仕分を行い、事業開始のために何を届け出るべきかを考えるべきでしょう。

なお、共同相続人がいる場合で、遺言がない場合、遺産分割協議により、権利の帰属が決められ、相続開始の時に遡って効力が生じます(民法907条、909条)。債務については、当然に、法定相続分により分割される建前になっていますが、実際上、特定の相続人が債務の引受をしても、円滑に支払いがなされる限り、債権者から異議は出ません。

 

民事上の観点

遺産分割協議または遺言(以下、これを前提とします。)に従い、事業に関して発生した、預金、売掛金、未収入金、預託金その他の債権(通常は、BSの資産の部が手掛かりになりますが、必ずしもこれだけに限りません。債務についても同様です。)は相続人が承継します。

同様に、事業に関して発生した、買掛金、未払金、未払費用、借受金、預り金その他の債務を相続人が引き受けます。

 

業法上の観点

資格や許可等は、公益の観点から、人や法人に付与されるため、原則として、人の死亡により消滅します。ですから、承継に係る事業が、業法により、許認可が必要な場合には、改めてその取得が必要になります。もっとも、根拠法に相続人が被相続人の地位を承継する旨の規定がある業種は、承継届を行うことで事業の承継が認められています。例えば、飲食業について、被相続人が食品衛生法に基づく営業の許可を有する場合には、承継の事実を証する書面を添えて営業許可の承継の届け出ができます(食品衛生法第53条第2項)。

課税上の観点

届け出および当初の貸借対照表の調整について、主な問題点を挙げます。

(1) 被相続人の届け出はリセット

改めて、税務署に届出を行います。以下、主なものを挙げます。

開業届:相続人が相続前に個人事業を営んでいなかった場合に提出します。

所得税の青色申告承認申請書:提出期限は、相続人が以前より個人事業を営んでいたか、被相続人が青色申告していたかの区分により異なります。

消費税:原則として、相続のあった年の基準期間における被相続人の課税売上高により納税義務を判定します。課税事業者選択届出書、課税期間特例選択等届出書、簡易課税選択届出書などは、改めて提出します。

また、都道府県税事務所および市町村事務所にも、開業または変更の届出などが必要になります。

 

(2) 勘定科目ごとに精査

貸借対照表(基準時:相続時)
資産   負債  
現金 現に相続した価額 買掛金 現に承継した価額
当座預金 現に相続した価額 借入金 現に承継した価額
定期預金 現に相続した価額 未払金 現に承継した価額
売掛金 現に相続した価額 預り金 現に承継した価額
棚卸資産 相続した棚卸資産について、被相続人の選定していた評価方法により計算した金額をもって取得価額にできる(所得税法47条1項、所得税法103条2項1号)。 貸倒引当金 相続しない。但し、相続した債権に係る貸倒引当金について、相続人の所得金額の計算上、総収入金額に算入(所得税法52条、所得税法施行令147条)。また、相続人が青色申告者の場合には、一括評価貸金について、相続人の所得金額の計算上貸倒引当金の繰入可。
建物 相続した固定資産について、被相続人の取得費、取得時期を承継(所得税法施行令126条2項)。減価償却の方法は原則定額法(所得税法施行令125条ニイ)。定率法を適用したいなら、「所得税の減価償却資産の償却方法の届出書」を提出する必要。(注1 減価償却)    
車両運搬具    
工具、器具、備品    
繰延資産 相続した繰延資産について、繰延資産の未償却残高及び残余期間を引き継ぎ、必要経費に算入(所得税法基本通達49-40-3参照)。    
    事業主借 相続しない。(注2 資本勘定)
    元入金 相続しない。(注2 資本勘定)
事業主貸 相続しない。(注2 資本勘定) 青色申告特別控除前の所得金額 相続しない。
 

注1 減価償却

事業用の減価償却資産をその事業継続のために取得した場合、相続時に、中古品を取得したとして減価償却すべきか(減価償却資産の耐用年数等に関する省令3条1項2号ロの適用)、あるいは、被相続人が引き続き事業の用に供しているのと同様に、減価償却すべきかが問題です。

事業用の減価償却資産については、被相続人が引き続き事業の用に供している場合と同様に、減価償却すべきものと解されます。法人税法施行令126条2項の趣旨は、前所有者の取得価額を取得者が引き継ぐことにより、前所有者による資産の利用期間と取得者による資産の利用期間を通じて減価償却資産の取得価額を適切に配分することにあるとして、耐用年数も引き継がれるものとしたからです(大阪高裁平成26年10月30日判決)。

被相続人が所得税法に則り、適正に減価償却費の計算を行っていた場合には、帳簿上の数値を、承継者の帳簿に転記すれば足ります。

では、被相続人において、生前、減価償却資産を事業の用に供していたにもかかわらず、資産計上していなかった場合(したがって、必要経費の計上もしていない)はいかに扱うべきでしょうか。

承継者において、資産計上することはもちろんです。仮に、被相続人が減価償却費相当額を必要経費に算入していなかったとしても、所得税法においては、法人税法下におけるものと異なり、減価償却は強制されるものですから(所得税法49条1項)、その減価償却資産について、被相続人の取得費、取得時期、耐用年数を前提に、あるべき相続時の未償却残高を計算し、承継者において減価償却の計算を行うべきと思われます。つまり、あるべき数値をオンバランスするということです。なお、必要経費に計上されなかった減価償却費は、被相続人の所得税について、法定申告期限から5年以内の分は更正の請求を行うことができます(国税通則法23条)。

なお、固定資産については、限定承認の場合、相続時に、時価により取得したものとみなされ、譲渡所得税が課されます。

 

注2 資本勘定

借方勘定と貸方勘定のそれぞれを合計し、賃借の差額があるときは、借方残の場合、事業主貸、貸方残の場合、事業主借または元入金で処理することになります。

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