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税務判例フォローアップ

7.妻に支払う報酬を必要経費とすることはできるか?

今回は、ご夫婦揃って士業をしている方に向けたコラムです。

夫婦で別個独立の事務所を営んでいる方々、夫から妻に、妻から夫に仕事を依頼し、その対価として報酬を支払ったことはありませんか。そして、ご自身が支払った報酬を、必要経費として計上したことはありませんか。

上記のような場合の報酬を必要経費とすることが認められるのか-これについては、2つの有名な最高裁判決があるので紹介したいと思います。

(1)弁護士Xが、別個独立の事務所で税理士業務を行っている妻に税理士業務を依頼して報酬を支払い、その報酬を必要経費に算入したという妻税理士事件、(2)弁護士Yが、別個独立の事務所で弁護士業務を行っている妻に弁護士業務を依頼して報酬を支払い、その報酬を必要経費に算入したという妻弁護士事件です。

 

何故問題が生じるのかというと、所得税法56条に、納税者と「生計を一にする配偶者その他の親族」が、納税者が営む事業所得等を生ずべき事業に従事したこと等により、当該事業から対価の支払いを受ける場合に、その対価を納税者の所得の金額の計算上、必要経費に算入しない旨規定されているからです。

※「所得税法第56条」・・・居住者と生計を一にする配偶者その他の親族がその居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合には、その対価に相当する金額は、その居住者の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入しないものとし、かつ、その親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額は、その居住者の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入する。この場合において、その親族が支払を受けた対価の額及びその親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額は、当該各種所得の金額の計算上ないものとみなす。

この条文は、日本で選択されている個人単位課税制度の下で、配偶者等に所得を分散させることによって税負担を軽減しようとする租税回避行為を防止するために設けられたものです。

妻は、「生計を一にする配偶者」に当然該当するので、形式的には所得税法56条に反し、必要経費に算入できないことになりそうです。一方で、56条の趣旨からすれば、妻は別個独立の事業を行っており、妻の事業として当該業務を行う以上、夫の報酬支払いが租税回避行為にはあたらず、実質的に56条に反しないのではないかとも考えられるわけです。

最初に判断されたのは、(1)妻税理士事件の第一審判決でした(東京地裁平成15年7月16日判決)。東京地裁は、次のように述べ、56条の適用を否定しました。

「法56条の『従事したことその他の事由により(中略)対価の支払いを受ける場合』とは、親族が、事業自体に何らかの形で従たる立場で参加するか、又は事業者に雇用され、従業員としてあくまでも従属的な立場で労務又は役務の提供を行う場合や、これらに準ずるような場合を指し、親族が、独立の事業者として、その事業の一環として納税者たる事業者との取引に基づき役務を提供して対価の支払を受ける場合については、同条の上記要件に該当しないものというべきである」。

前述の趣旨に反するかどうかを実質的に判断したわけです。

ところが、控訴審では、判断が逆転し、
「親族が、独立の事業者として、その事業の一環として納税者たる事業者との取引に基づき役務を提供して対価の支払を受ける場合も、上記要件に該当するものというべきである。」
と判断されたのです(東京高裁平成16年6月9日判決)。

その後、本件の最高裁の判断を待つ間に、先に②妻弁護士事件の最高裁判断がなされました。最高裁は、「居住者と生計と一にする配偶者その他の親族が居住者と別に事業を営む場合であっても、そのことを理由に同条(所得税法56条)の適用を否定することはできず、同条の要件を満たす限りその適用があるというべきである。」と述べ、必要経費とすることを認めませんでした(最高裁第三小法廷平成16年11月2日判決)。

そして、(1)妻税理士事件においても、上記判例が引用され、同様に必要経費とすることが認められませんでした(最高裁第三小法廷17年7月5日判決)。

このように、所得税法56条は形式的に適用され、現時点では必要経費として算入できないことが確定的になっています。しかし、法の趣旨を害さない本件ような場合にまで適用すべきなのかという声は大きく、同条を廃止するよう多くの自治体で請願や意見書が採択されています。今後も動向に注目していくべきでしょう。

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