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税務判例フォローアップ

平成28年1月6日

27.会社主催の従業員の海外慰安旅行が実施された場合、従業員は所得税を支払わなければならないか?

アベノミクスの成果でしょうか、大手企業の年末ボーナスは3年連続の増、年末に日経平均株価は再び2万円を狙う勢いです。昨年は、5年後にはオリンピックの開催を控え、景気の高揚が感じられる1年でした。

このようなトレンドで企業によっては、従業員を慰労し、士気を高めようと、慰安旅行を企画することもあろうかと思います。

そこで、会社持ちで、従業員の海外慰安旅行を実施したところ、これにかかる費用が給与と認定され、源泉徴収がなされていなかったとして、課税処分を受けた事件を題材に、その税務上の扱いについて、考察してみたいと思います。

事案の概要

X社は、自社の従業員10人と外注先の従業員等21人を参加者として、2泊3日のマカオへの慰安旅行(以下、「本件旅行」といいます。)を実施しました。その費用は、800万円でした。

うち、外注先の従業員等の旅行代金については、交際費として経理処理しましたが、X社の従業員の旅行代金241万3,000円(以下、「本件費用」といいます。)については、福利厚生費としました。

ところが、税務署は、本件費用が給与所得だと認定したのです。

所得税の課税対象になる給与所得とは?

給与所得(所得税法28条1項: 給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与(以下この条において「給与等」という。)に係る所得をいう。)には、所得税が課せられます。

給与所得は、俸給、給料などの呼称に関わらず、雇用契約に基づき使用者の指揮命令に服して提供した非独立的な労務の対価として受ける給付をいいます(最高裁判例)。

その給付は、金銭の支払に限られず、物、権利など広く経済的な利益の供与をいいます(包括的所得概念)。

給与所得と源泉徴収の関係

給与等を得た者は、所得税の納税義務を負います。給与等の支払者は、その支払の際、所得税を徴収し(源泉徴収)、その翌月10日までに、国に納付しなければなりません(所得税法183条1項:居住者に対し国内において第二十八条第一項(給与所得)に規定する給与等(以下この章において「給与等」という。)の支払をする者は、その支払の際、その給与等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月十日までに、これを国に納付しなければならない。)。

本件では、X社の負担した旅行代金が従業員に対する給与等に当たるとなれば、この旅行に参加した従業員は所得税を支払わなければならなくなります。一人当たり24万1,000円です。X社は、これに対応する源泉徴収と納付を行わなければならなくなります。

給与所得はすべて所得税の課税の対象になるのか?

所得税法上、出張・転勤等の旅行手当、通勤手当、制服など使用者から受ける経済的利益で職務の性質上欠くことのできないもの(フリンジ・ベネフィット)については、非課税です。これらは、従業員が職務を遂行するために支給される金銭等であることが理由です。

加えて、通達によって、使用者が負担するレクリエーション費用その他が付加されています。

本件の争点

本件では、本件費用が通達によって非課税とされているレクリエーション費用に当たらないかが問題になりました。

 

(通達の規定)

使用者が役員又は使用人のレクリエーションのために社会通念上一般的に行われていると認められる会食、旅行、演芸会、運動会等の行事の費用を負担することにより、これらの行事に参加した役員又は使用人が受ける経済的利益については、使用者が、当該行事に参加しなかった役員又は使用人(使用者の業務の必要に基づき参加できなかった者を除く。)に対しその参加に代えて金銭を支給する場合又は役員だけを対象として当該行事の費用を負担する場合を除き、課税しなくて差し支えない(所得税基本通達36-30)(以下、「本件通達」といいます。)

 

裁判所の判断

①給与所得に当たるか?

本件旅行は、専らレクリエーションのための観光を目的とする慰安旅行である。

従業員らは、X社から、雇用契約に基づき同社の指揮命令に服して提供した非独立的な労務の対価として、本件旅行に係る経済的な利益の供与を受けた。

よって、給与所得に当たる。

②通達にいうレクリエーション費用に当たるか?

本件通達の趣旨は、社会通念上一般的に行われている行事は簡易なものが多く、使用人が受ける経済的な利益は少額であることに鑑み、少額不追求の観点から強いて課税しないとするもの

本件旅行の提供について、経済的な利益の額が少額でない。

よって、本件通達にいう「役員又は使用人のレクリエーションのために社会通念上一般的に行われていると認められる」行事に該当するとは言えない。

 

コメント

所得税法上の「収入」利益は、包括的所得概念に基づくと解され、読んで字のごとく、広い範囲の経済的利益の取得が課税の対象になりえます。しかし、そのまま突っ走ってしまえば、使用人にとって酷なことになります。例えば、通勤や転勤のために支給された交通費について課税されてしまうのは、実質職務遂行のために提供されるものであり、自分の余暇のために費消されるものではないから、酷です。使用人の収入の源泉である労務の提供は、使用者の指揮命令の下でなされること本質とします。そして、使用人が労務の提供と不可分な関係で、経済的利益を得ることがあるからです。

しかし、使用人が全く自由に処分することのできない経済的利益だからという理由で、職務遂行のため、という衣の元で、所得税の課税対象に風穴をあけることをどんどん認めていくことは、課税の実効性や平等の観点から、不適切でしょう。

 

本件の争点は、この二つの反対のベクトルをどう均衡させるかが問題でした。頗る価値観に左右される問題でした。

実は、本件費用が課税されないことの根拠は、通達(≒国税庁の上司の指示)の解釈に収斂してしまいます。法律で認めていないのに、行政庁が非課税項目を創設しています。その行為の当否はさて置き、司法権は追認しています。基準は時代背景から影響を受けて変遷します。

かつては、フリンジベネフィットとして海外旅行というだけでダメでしたが、今は、その内容や金額の多寡によって、個別に判断するようになりました。今回、一人当たり24万1,000円は、高いからNGという判断でしたが、一人当たり18万3,771円でOKという裁決があります。空気を読むのも大切です。

※ 事案を分かりやすくするため、簡略化しています。

事例

所得税納税告知処分等取消請求控訴事件

東京高裁平成25年(行コ)第31号

平成25年5月30日判決(上告不受理確定)

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