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税務判例フォローアップ

令和3年6月16日

42.帳簿および請求書等の「保存」がなければ、仕入税額控除ができない(消費税法30条7項)ことになっているが、納税義務者は何を行えば「保存」しているといえるのか?

消費税課税の仕組み

消費税は、商品・製品の販売やサービスの提供などの取引に対して広く公平に課税される税で、消費者が負担し事業者が納付します。事業は、そもそも拡大再生産を意図し、資本を投下し、これを回収することで成り立っています。消費税は、この仕組みに目を付けた課税方法です。すなわち、資産・役務の販売により得られる対価を基準に、消費税が計算され、販売者は、この分を購入者から預かります(仮受消費税)。他方、これを購入者から見れば、商品を仕入れたり、経費を負担する際には、消費税を預けることになります(仮払消費税)。事業者は、資本の投下の場面で、消費税を預け、投下資本の回収の場面で、消費税を預かることの組合せで成り立っています。そこで、事業者を納税義務者として、一定期間の仮受消費税から仮払消費税を控除した分を消費税として納税させるようにしています。

消費税がこのような流通の仕組みに目をつけて、作られた課税制度であるが故、事業者にとっては、収益を確保し、資金繰りを円滑にするために、仕入税額控除には重大な関心があります。

 

仕入税額控除の要件となる「保存」の解釈

今回紹介する事例は、現実に帳簿または請求書等が存在しているか否かの問題ではなく、これらが、調査官の求めに応じて、提示されなかったために、3期分の仕入税額控除が認められなかった事件(本税33億円、過少申告加算税5億円の課税処分)です。一般人の感覚からは、「保存」という用語からして、記録された書類が存在し、どこかに保管してあれば、足りると思われるのではないでしょうか。しかし、課税処分取消訴訟において、裁判所は、求めに応じて税務職員の職員に見せることをもって「保存」と解釈したのです。

「保存」の解釈については、3つの考え方があります。

① 現実に帳簿または請求書等があることをいう(文言尊重説)。

② ①だけでなく、税務職員に対する提示義務も含まれる(制度趣旨重視説)

③ 税務職員の質問検査権に基づく適法な提示要請があれば提示することができる状態で持っておくことをいう(折衷説)。

 

「保存」=物理的に存在することOr これを提示すること?

本事案において裁判所は、

事業者が、帳簿及び請求書等を整理し、これらを所定の期間及び場所において、税務職員による検査に当たって適時にこれを提示することが可能なように態勢を整えて保存していなかった場合は、「事業者が当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿及び請求書等を保存しない場合」に当たる、

それ故、事業者が災害その他やむを得ない事情により当該保存をすることができなかったことを証明しない限り、

課税仕入れ等の税額控除の規定は適用されない、

と解すべきであるとしました(最高裁平成16年12月16日判決、同16年12月20日判決)。

 

事案の概要

確かに、帳簿等が存在するか否かにかかわらず、提示しなかったことをもって、38億円多く課税処分を受けたことは、あまりに酷なようにも見えます。

しかし、本事案の異常な展開に即してみればやむを得ないものと思われます。認定された事実のポイントを見ていきます。

 

① 納税義務者は、平成26年2月の調査着手時から平成27年5月まで間(約1年4か月)税務調査に対する協力を拒み続けた(配達証明付通知6回)。

② 国税局は、上記期間中、初回の臨場を除き、7回、事前に実施日を予告する連絡票(配達証明付き)を送付した。

③ 上記①の各連絡票には、調査の目的、内容、調査の対象となる期間と提示すべき帳簿等が明示されていた(国税通則法の手続に準拠)

④ 初回調査について、納税義務者が、遊技場経営等を業とする会社であり、事前の通知をせずに、調査への協力を求めたという事情があったとして、初回の臨場に当たり事前通知をしなかったことの根拠について、国税局に回答義務はないのにもかかわらず、納税義務者は、執拗に国税局長名による文書での回答を求め、調査を拒み続けた。

⑤ 納税義務者は、国税局の担当者の社屋への臨場に際し、「不法侵入」、「職権乱用」などと申し向け、敷地内への立ち入りをしないよう抗議し、果ては、所轄の警察署に出頭を求めたりした。

⑥ 途中、納税義務者は、本店所在地を茂原市から今治市に移転させ、調査の舞台は千葉県からから愛媛県へと移るも、高松国税局の併任命令を受けた東京国税局の担当者の臨場に際し、調査権を行使できる理由を文書により回答を求めながら、現担当者の調査を拒絶した。

⑦ 国税局は、6番目の連絡票以降、調査の進展が見られない場合、青色申告の承認の取消及び消費税の仕入税額控除を否認せざるを得ないことがある旨警告した。

 

このような経過で、裁判所は、納税義務者が各課税期間について関係する帳簿および請求書等を提示しなかったため、同期間に係る仕入税額控除は認められないとして、更正処分等がなされたことは適法であるとしたのです。

コメント

本件は、税理士だけでなく、弁護士も数人かかわりました。代理人らは国税局に対して、国税通則法の条文の書きぶりや体系からして、国税局に事前通知なしの調査について文書で回答する義務はないという解釈は一応成り立つと予想できたと思います。にもかかわらず、執拗にこれに拘泥し、その後、同法の要件を満たす事前通知が何度もなされている(裁判所の認定)にもかかわらず、全ての調査を拒絶しました。代理人税理士または弁護士として、国税局の職員と等しく、消費税法という実体法と国税通則法という手続法の合理的な解釈の下に行動すべきことはいうまでもありません。仕事を遂行する上で、人間として憤りを感じることがあるのは事実です。しかし、現実の具体的な権利侵害がないにもかかわらず、感情の勢いに任せて、一つの解釈を通し、突っ走ることでとんでもないことになりかねないことは留意すべきことです。そして、そのリスクは依頼者に伝えておくべきです。

結論において、ゴネ徳を放置せず、真面目な納税者が割を食わないという国税徴収に対する信頼を確保できなければ、制度の基盤が崩れかねません。本件事案で、「保存」の通常の語義からして、拡張された気はしますが、少なくとも本件事案においては結論において妥当だと思います。また、本件は、国税関係法令の解釈の問題はさることながら、適法に依頼者の利益を守るために、専門家として、どのような行動をとるべきかについて、他山の石となる事案でした。

 

参考

* 事案を分かりやすくするため、簡略化及び補足(修正)しています。

東京地裁令和元年11月21日判決 消費税更正処分等取消請求事件(棄却)

東京高裁令和2年8月26日判決 消費税更正処分等取消請求控訴事件(棄却)(上告・上告受理申立て)

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