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民法改正について

令和3年4月12日

22.債務不履行責任

例えば、車を売買する契約を締結した場合に、引渡前に車が盗難にあったり火災で焼損してしまうと、買主としては売主に車を引き渡すよう求めることができなくなります。売主が車を引き渡すという債務の履行ができない状態に陥ることを履行不能といいます。改正民法では、履行不能の場合に、その債務の履行を求めることができないという当たり前のことを明記しました(改正法412条の2第1項)。そこでは、履行不能か否かの判断は、「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」行われるとされています。履行不能の原因を抽象的に捉えるのではなく、契約の内容や目的、取引上の常識に照らして個別具体的に判断することが明記された点に意義があります。

以下、債務不履行責任に関して、判例や通説上の考え方を改めて明文化されたものも含めて、今回の改正の主な内容を具体例とともにご説明いたします。契約当事者になる場合には、予想外の責任を負わされることのないよう、このような基本的な内容を頭に入れておきたいところです。

 

填補賠償

例えば、4月1日に、売主Xが自動車を買主Yに1,000万円で売却する契約を締結し、4月10日に代金と引き換えに自動車を渡すことになっていたという事例を考えてみましょう。

 

(1) 4月5日に、Xが自身の不注意により自動車を焼失させてしまった場合、つまり、履行不能について債務者に責任がある場合、債権者であるYは、債務者であるXに対し、履行に代えて損害賠償を請求することができます。これを填補賠償といいます。履行に代わる損害賠償請求ですので、契約が約束どおり履行されれば得たであろう利益(=履行利益、例えば転売による利益など)を賠償する必要があります。

改正法では、債務の不履行等について債務者に責任がある場合で、次の場合には填補賠償が請求できることが明記されました(改正法415条2項)。

①債務の履行が不能であるとき

②債務者が履行拒絶の意思を明確に表示したとき

③契約が解除され、または債務の不履行による契約の解除権が発生したとき

なお、②は、単に履行を拒んだというだけでは足りず、履行拒絶の意思がその後に翻ることが見込まれない程度に確定的なものであることが必要とされています。

(2) かかる填補賠償について、いわゆる原始的不能と呼ばれる場合にも妥当することが明記されました。原始的不能とは、契約を締結した時点で、すでにその目的物を引き渡すことができなくなっている場合、例えば、上記の例で、3月31日にすでに自動車が落雷にともなう火災により焼失してしまっていたような場合をいいます。改正前はこの点についての規定がなく、債務者の責めに帰すべき事由があったとしても、契約がそもそも無効なのだから、履行利益までは賠償する必要はなく、せいぜい契約が有効であることを信頼したために失った利益(=信頼利益、例えば当該自動車を見に行った費用、購入代金を借入していた場合の利息など)しか認められないという考え方が通説だったのですが、改正により、原始的不能の場合にも履行利益の賠償、つまり填補賠償まで求めることができることが明らかになりました(改正法412条の2第2項)。

   

履行遅滞中の履行不能

上記の事例で、例えば、Yが4月10日に約束どおり1,000万円を用意してXの事務所に行ったものの、Xと口論になってしまい、Xが自動車の引き渡しを拒否したとします。その履行遅滞中である4月20日に自動車が隣家の火災により焼失してしまった場合、履行不能となった原因自体にXには責任がなかったとしても、履行遅滞に陥ったことはXの責任なので、その後の履行不能についてもXの責任であるとみなされ(改正法413条の2第1項)、Yは填補賠償を請求することができます。

 

受領遅滞の効果、受領遅滞中の履行不能

上記の事例で、4月10日、Xが車のキーと移転登録に必要な書類を準備したにもかかわらず、Yが車の引き取りを拒んだ場合を考えてみます。Yは、車を引き渡すというXの債務の履行を拒んでいるので、受領遅滞の責任を負うことになります。この場合の効果について、改正法で明記されました。

まず、ⅰ)債務者(X)の目的物(自動車)の保管について、善管注意義務から自己の財産に対するのと同一の注意義務に軽減されます(改正法413条1項)。

次に、ⅱ)履行費用の増加分が債権者(Y)の負担となります(同条2項)。

さらに、ⅲ)目的物(自動車)の滅失・損傷にかかる危険が債務者(X)から債権者(Y)に移転します(改正法559条、567条2項)。

ⅱ)の履行費用の増加分とは、例えば、車の保管に倉庫を借りていた場合の賃料などです。ⅲ)は危険負担の問題で、その後自動車が火災で焼失したとしても、Yは代金を支払う債務を免れないことになります。なお、危険負担に関する改正内容については、こちらをご参照ください。

そして、受領遅滞中である4月20日に自動車が隣家の火災により焼失してしまった場合、履行不能となった原因自体にYには責任がなかったとしても、受領遅滞に陥ったことはYの責任なので、その後の履行不能についてもYの責任であるとみなされ(改正法413条の2第2項)、YはXからの代金支払請求を拒むことができません(改正法536条2項)

 

代償請求権

債務者が履行不能になったのと同一の原因により履行の目的物に代わる権利や利益を取得した場合、債権者が債務者に対し、その被った損害額の限度で、権利の移転または利益の償還を請求することができることが明記されました(改正法422条の2)。例えば、上記の事例でいうと、車が火災で焼失した場合に取得した保険金(請求権)が該当します。

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