トップページ  >  連載  >  社会保険労務判例フォローアップ15

社会保険労務判例フォローアップ

平成28年4月13日

15.退職金規程の不利益変更が認められるか

今回ご紹介する判決は、合併に際して、退職金の支給基準を従業員に不利益に変更するにあたって、従業員の同意が有効か否かが争われた最高裁判決です。原審とは判断が異なったもので、今後、会社が従業員に対する不利益変更を行うにあたり無視できない重要な判決ですので、ご紹介いたします。

 

事案の概要

Xら12名はA信用組合の職員であったが、平成14年6月29日、A信用組合はY信用組合にとの間で合併契約が締結され、A信用組合は合併により解散し、Y信用組合がA信用組合に在職する職員の労働契約上の地位を承継することが合意された。
平成14年12月19日に行われた合併協議会において、A信用組合の職員の合併後の退職金の支給基準について、以下の通り、A信用組合における退職金支給基準(「旧基準」)から新しい支給基準(「新基準」)に変更することが承認された(以下、「第1基準変更」という。)。なお、新基準によると、旧基準に比べて、支給される退職金額が著しく低いものとなる
変更点 旧基準 新基準
計算の基礎となる給与額 月額基本給 月額基本給の2分の1
基礎給与額に乗じる支給倍率
(勤続年数に退職の事由に応じた係数を乗じた数字)
上限なし 上限を55.5とする
退職金総額から控除されるもの 厚生年金給付額 厚生年金給付額+企業年金還付額
平成14年12月13日、A信用組合において職員説明会が開催された。
A信用組合に在職する職員に支給される退職金について、合併前のY信用組合の職員にかかる退職金の支給基準と同一基準にすることを保障する、という内容の同意書案が各職員に配布され、基準変更後の退職金額の計算方法についての説明がなされた。
平成14年12月20日、A信用組合の常務理事や監事らは、Xらを含む管理職員に対して、基準変更の内容と新規程による支給基準の概要が記載された同意書を示し、これに同意しないと合併を実現できないなどと告げて同意書への署名押印を求め、Xらは署名押印した。なお、同意書には、新基準への変更の内容と支給基準の概要が記載されていた。
平成16年2月16日、Y信用組合はさらに三つの信用協同組合と合併した(「平成16年合併」という)。
平成16年合併に先立ち、合併後の労働条件について、退職金支給基準を、以下のとおり変更した(以下、「第2基準変更」)

Ⅰ 合併前の在職期間にかかる退職金について、基礎給与額に乗じられる所定の係数が退職理由に応じて異なる場合には、自己都合退職の係数を用いる

Ⅱ 合併後の在職期間にかかる退職金については、合併後3年以内をめどに制定される新退職金制度制定前に自己都合退職する者には退職金を支給しない

平成16年2月2日、各支店長が所属職員(Xら含む)に対して、労働条件の変更について記載された書面を読み上げ、Xらは「合併に伴う新労働条件の職員説明について(報告書)」と題する書面の「同意した者の氏名」欄に署名をした
Y信用組合では、平成21年4月1日から新退職金制度を定める退職金規程を実施し、Xらのうち5名はその前に退職、残り7名は実施後に退職した。
その結果、平成16年合併前の在職期間にかかる退職金については、Xら全員が0円となり、平成16年合併後の在職期間にかかる退職金については、平成21年の新規程実施前に退職した者は0円となった。

本件は、上記の事実関係のもと、XらがY信用組合に対して、本件各支給基準の変更は無効であるとして、旧基準に基づく退職金の支払いを求めた事案です。

 

争点

争点は、退職金支給基準の第1基準変更へのXらの同意が有効か否か、また、第2基準変更に同意したといえるか否か、です(なお、本件では、職員組合の執行委員長との労働協約の効果がXらに及ぶかも争点となっていますが、説明を分かりやすくするために本稿では割愛しています)。

本判決の判断

原審(東京高裁)は、Xらは、退職一覧表の提示を受けて、退職金額とその計算方法を具体的に知り、また、同意書の内容を理解した上で、署名押印したのだから、合意による第1基準変更の効力が生じている、と判断しました。また、報告書にもXらの意思で署名した以上、第2基準変更にも同意している、と判断しました。

しかしながら、本判決は、使用者の提示する労働条件の変更が、賃金や退職金に関する者である場合には、労働者が使用者の指揮命令に服すべき立場に置かれ、意思決定の基礎とする情報収集能力にも限界があることから、変更に対する労働者の同意の有無については、慎重に判断しなければならない、としました。その上で、労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、それにより労働者にもたらされる不利益の内容、程度、労働者が当該行為に至った経緯及び態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供または説明の内容に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認められるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点から判断されなければならない、としています。

本件では、職員説明会に先立ち配布された同意書案には、従前の支給基準と同一水準の退職金額を保障する旨が記載されていたが、実際には、変更された支給基準に基づくと大幅に金額が下がるものであったのであるから、変更の必要性等についての情報提供や説明だけではなく、自己都合退職の場合は退職金額が0円となる可能性が高くなるといった具体的な不利益の内容や程度についても情報提供や説明がされる必要があったと指摘しました。その上で、かかる事情を考慮していない点で原審の判断は違法であるとして、十分な審理を尽くさせるために原審に差し戻す、との判断を示しています。

 

コメント

本件のような就業規則等の規程を従業員にとって不利益に変更にする場合は、労働者との合意が必要とされています。労働契約法9条においても、「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない」と規定しています。

本判決では、不利益変更について、使用者と労働者が合意したと言えるためには、書面上の同意だけでは不十分であり、不利益の内容や同意に至った経緯、特に、使用者が不利益について具体的な内容を説明する必要がある、という判断を示した点に大きな意義があります。

最近では、マタハラに関する最高裁判決においても、降格等の不利益処分を課す場合に、従業員に対して具体的な不利益について説明を十分に行い自由な意思に基づく同意を確保する必要がある、との判断がなされています(→詳細はこちらをご覧下さい)。

従業員に不利益変更を課す場合、当該従業員の署名入りの同意書があるだけでは不十分であり、その同意に至るまでの経緯も重要になります。特に当該従業員に対して具体的にどのような不利益が生じるのかについては十分な説明を行い、その旨を議事録等で明らかにしておくことが必要になってきます。また、不利益変更を行うことの必要性についても十分検証した上で、不利益の程度を最小限度に抑える努力も必要でしょう。

参考

平成25年(受)第2595号 退職金請求事件

平成28年2月19日 最高裁第二小法廷判決

* 事案を分かりやすくするため一部事実を簡略化しています。

top