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社会保険労務判例フォローアップ

令和元年10月6日

29.残業承認制度における承認のない時間外労働の割増賃金請求の可否(クロスインデックス事件)

今回は、いわゆる残業の事前承認制度を設けていた会社に対して、承認を得ないで行った時間外労働の割増賃金請求の可否が争点となった裁判例をご紹介します。本件は、かかる請求が認められた事案であり、昨今の働き方改革に基づく改正により、時間外労働の規制や労働時間の管理が求められ、残業について事前承認制度を採用している会社も多いと思われる中で、その判断方法等が参考になりますので、今回、ご紹介いたします。

事案の概要

Y社は、外国語の翻訳サービス、通訳の人材紹介・派遣サービス等を業とする株式会社である。
Xは、平成26年6月25日にY社との間で期間の定めのない雇用契約(本件雇用契約)を締結し、平成28年4月28日に退職するまで、Y社の通訳・翻訳部において通訳・翻訳のコーディネーターとして勤務していた者である。
本件雇用契約の主な概要は、所定労働時間が午前9時から午後6時まで(うち1時間休憩)、月額賃金が平成27年6月分給与まで基本給22万5000円、同年7月分給与から基本給23万4500円であった。
Xの業務内容は、見積書の作成、電話やメールでの問い合わせ等への対応、翻訳者・通訳者の選定、翻訳チェック・校正・納品、通訳当日までの必要事項を顧客とやり取りした上で通訳者に伝達、必要に応じて顧客を訪問しての打合せ、請求書の作成・送付、担当分未入金調べ等であった。
Y社において、従業員は、毎日の出勤・退社時刻及び休憩時間等を管理庁に15分単位で記入し、Y社代表者の承認を得ることとされ、午後7時以降の残業を行う場合には、Y社代表者に対して、所定終業時刻である午後6時までに残業時間等を申告した上で残業を行う旨を申請し、その承認を得る必要があるとされていた(以下「残業承認制度」という)。
Y社は、Xに対し、Y社代表者が承認した管理帳記載の退社時刻(以下「Y社承認時刻 」という)に基づき計算した割増賃金を、毎月の給与において残業手当として支払済みである。
Xは、時間外労働が常態化していたが、そのうちの一部をY社に申告せず、承認しないまま時間外労働を行った。
Xは、平成26年11月から平成28年3月までの間に、管理帳記載の退社時刻より後の時刻にY社の業務上のメールを送信した。

上記の事実関係のもと、XがY社に対し、未払いの割増賃金及び付加金の支払を求めたという事案です。

争点

本件の主な争点は、Y社の承認を得ないで行った時間外労働が労働時間に該当するか、言い換えれば、Y社承認時刻から業務メール送信時刻までの時間がXの労働時間と認められるか否かです。

本判決の判断

Xの業務実態について

本判決は、Xの業務実態について、以下のとおり認定しました。

① Xは、各就労日において始業時刻から業務メール送信時刻まで継続的に一定量のメールを作成・送信し続け、多い日で1日70通以上、平均して1日50通程度のメールを作成・送信していた。

② また、電話対応、見積書や請求書の作成、顧客の下を訪問しての打合せ、翻訳原稿のチェック等の業務も並行して行っていた。例えば、顧客2社訪問後の、午後6時以降に議事録の作成、お礼メールの作成・送信を行ったり、多言語(英語、中国語、韓国語、タイ語)の翻訳案件が入り、納品日や請求書作成のためのシステム入力を行った日には徹夜で作業を行っていた。

③ Xは、Y社の通訳・翻訳部の従業員の中で勤続年数が長かったこともあり、欠勤した他の従業員のフォローを指示され、同従業員宛てのメールの確認・対応を行うことや、新入社員に対する教育等を行うことがあったところ、Y社においては1か月ないしは数か月の短期間で退職する従業員が多く、新入社員に対する教育等に要する労力や時間も少なくなかった。

 

以上の業務実態を踏まえ、Y社の通訳・翻訳部においては、特に勤続年数の長いXの業務量が多く、Xが所定労働時間内にその業務を終了させることは困難な状況にあり、Xの時間外労働が常態化していたということができる、と判断しました。

そして、本件係争時間のうちXがY社の業務を行っていたと認められる時間については、残業承認制度に従い、Xが事前に残業を申請し、Y社代表者がこれを承認したか否かにかかわらず、少なくともY社の黙示の指示に基づき就業し、その指揮命令下に置かれていたと認めるのが相当であり、割増賃金支払の対象となる労働時間に当たるというべきである、と判断しています。

なお、Y社代表者が、午後7時過ぎ頃に退社する際に会社に残っているXを見かけるとともに、Xから深夜にメールを受信することもあったり、Xに対して事前の残業申請がないことを理由に管理帳への退社時刻の記入の修正を求めた際にも、忙しくて残業申請する時間がなかったのは言い訳にならず、Y社の規律に従うよう伝えるにとどまり、残業そのものを否定していなかったという事実から、Y社代表者が承認した以外にもXが残業していたことをY社は現に認識していたことも上記結論を補強する事情となるとしています。

そして、Xの勤務実態を含むY社の以下の反論について、いずれも排斥しています。

① Xが所定労働時間中に度々外出するなどY社の業務以外の事項に時間を費やしていた

→ 証拠を認めるに足りる的確な証拠はない

Xが始業時間から業務メール送信時刻まで継続的に一定量のメールを作成・送信し続けるなどしていたことからすると、Y社の業務以外の事項に時間を費やす余裕はなかった

Xの勤務態度等に問題があったと認めることもできない

むしろ、Y社は、Xに対して、欠勤した他の従業員のフォローを指示したり、Xの昇給や賞与の支給を行うなど、Xの勤務態度等を評価し、勤続年数の長いXを頼りにしていたものとうかがわれる。

② Y社代表者の指導にもかかわらず、Xが他の従業員に業務分担を切り出さず、仕事を全て自分で抱え込もうとしていた

→ Xがその業務を他の従業員に全く分担させなかったとまでは認める証拠はない

Y社においては短期間で退職する従業員が多く、新入社員に担当させることができる業務は限られ、また、業務を担当させたとしてもXにおいてダブルチェック等を行う必要があるほか、業務を担当させた従業員が退職した場合には当該業務を再び引き取る必要があったと認められるなど、Xの業務量が多くなっていたことが単なるXの意識等の問題であったということもできない。

③ Y社代表者は、Xに対し、人手が足りないようであれば臨時で派遣社員を入れることが可能である旨を伝えたり、他の従業員への業務分担の切り出しを促したりしたことがあった

→ Xの業務状況を抜本的に改善させるものとはいえず、その後、現にXの業務状況が改善されたと認める証拠もない

④ Y社は、残業承認制度を通じて、当日に残業をしてまでも行わなければならない業務であるかの仕分けを行うなどしてきたが、Xは、同制度に従わず、事前に残業申請を行いY社の承認を得ることなく、又はY社承認時刻を超えて、当日行わなくてもよい業務をY社に隠れて行った

→ Y社が主張する当日行わなくてもよかった業務の具体例について、当日中の対応が求められており、Y社代表者が、Xからの同社への対応等を理由とする残業申請に対し、明日に回してよい旨の回答をしていなかった

Y社において個々の業務について当日に行うべき業務であるか否かの判断基準が明確にされていたと認めることはできず、その従業員が顧客の指示や要望に沿った対応を行うこともやむを得ないものといわざるを得ない

また、仮にXが本件係争時間中に行った業務の中に必ず当日中に行わなければならないとまではいえない業務が含まれていたとしても、Xの業務量からすれば、当該業務を翌日に回すことにより、その分翌日の残業時間が長くなるか、翌日の業務の一部を更に翌々日に回すこととなり、いずれにしてもどこかで時間をかけて当該業務を行う必要があったことに変わりはない

⑤ Xが後に割増賃金を請求する目的で意図的にY社に隠れて必要のない残業を行ったなどと認めることもできない。

→ Y社が根拠する、Xが送信したメールのCCに通訳・翻訳部の共有メールアドレスを入れていなかったとうい事実についても、同共有メールアドレスの共有先にY社代表者は入っていないから、Xが同共有メールアドレスをCCに入れなかったことがY社に隠れて残業を行うためであるとは認め難く、むしろ、当時、新入社員が3名程入社したばかりであり、余り遅い時間まで残業していることが分かると辞められてしまうのではないかと思い、CCから外したものと考える方が自然である

Xがその他の日の深夜(Y社承認時刻の後)にY社代表者に対してメールを送信していたことからしても、Xが意図的にY社に隠れて必要のない残業を行ったということはできない

以上より、本判決は、Xの請求を一部認め、Y社に未払いの割増賃金及び付加金を支払うよう命じました。

コメント

働き方改革により労働基準法が改正され、その内容は以前ご紹介しましたが、改正内容の定着を図るために罰則付きの改正が行われています。

例えば、時間外労働の上限規制に違反した場合は、「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」が科されます。なお、新技術・新商品等の開発研究業務に従事する者については上限規制の適用が除外されますが、1週間で40時間を超えた分の残業時間が、合計で月100時間を超えると、医師による面接指導が義務づけられるところ、これに違反すると「50万円以下の罰金」が科されます(この罰則は、労働安全衛生法に基づきます)。また、中小企業に対しても、2023年4月1日から月60時間超の時間外労働に対する割増賃金率が50%以上にアップしますが、これに違反した場合も、「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」が科されることになります。

時間外労働をできる限り抑制しようという流れの中で、本件のような事前承認制度の採用も1つの方法ですが、上記のような罰則が科されるリスクがある中で、承認を得ないで行った時間外労働をどこまで認めるべきかという点は重要なポイントとなってきます。

 

本判決は、かかる点に一般的な判断基準を示したものではありませんが、少なくとも承認の有無だけで時間外労働か否かが決まるわけではなく、業務内容の実態を具体的に丁寧に認定した上で、時間外労働を必要とするものであったかという点を検討している点に特徴があります。

過去の他の裁判例を見ると、労働者が所定労働時間内に終えることができないような業務を与えられていたり、タイムカード等の客観的な資料を用いずに、事実上時間外労働の申告を抑制したような事情がある場合に、労働時間性を肯定したり、また、労働者が業務上の必要性に基づいて業務を行っている限り、使用者が業務をやめて退出するように指導していたにもかかわらず労働を継続していたという事実がない以上、労働時間であるとした裁判例などがあります。一方で、就業規則や書面において、所属長命令のない時間外労働の実施は認めない旨が明記されているなど、命令のない時間外労働を明示的に禁止し、労働者もそのことを認識していることを理由に労働時間性を否定した裁判例もあります。

ただ、一般的に承認のない時間外労働については、労働時間であることが比較的緩やかに認められやすい傾向にあるといえます。本件においても、Y社側の反論は、いずれも会社としては反論したくなるような内容だと思いますが、すべて排斥されています。

会社の対策としては、まず、従業員に対して、就業規則等の規定により事前承認制度の採用と、承認なき時間外労働は認めない旨を明記した上で、従業員に十分に説明を行い理解を求めることが必要です。また、別途、タイムカード等の客観的資料により従業員の出退勤を管理した上で、黙示の指示があったと判断されないためにも、承認請求と実態とのかい離が認められる場合は、適宜改善指導を行うことも必要です。さらに、従業員が当該業務を必要性に基づいて行っている限りは、業務を止め退出するよう口頭で指導しただけでは足りないと考えられますので、書面により明確に中止するように求めることが必要でしょう。

そして、所定労働時間内に終えることができないような業務を与えていないか、各人の業務量をチェックした上でその調整を図るなど、時間外労働の抑制策が必要です。そのためには、当日に処理すべき業務、期限が決められている業務、急ぎでない業務などを区別して、適宜業務処理に関する指導を行い、業務簿や日報などの記録を残しておくのも良い方法だと思われます。

参考

平成29年(ワ)第13256号 地位確認等請求事件

平成30年3月28日 東京地裁判決

* 事案を分かりやすくするため一部事実を簡略化しています。

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