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社会保険労務判例フォローアップ

令和4年12月9日

45.パワーハラスメントに対する損害賠償請求が認められた裁判例

今回ご紹介する裁判例は、病院内における上司の言動が違法なパワーハラスメントに該当するとして、従業員が適応障害を発症したことについて、損害賠償請求が認められた事案です。今年の4月から、中小企業に対してパワーハラスメント防止措置が義務付けられるようになったことを踏まえ、適正な注意・指導と、業務上の範囲を超えた違法なパワハラ行為との区別を考えるにあたって参考になる事案です。

 

事案の概要

Y病院企業団は、東京都福生市等で構成される地方公営企業法上の企業団であり、A病院(以下「本件病院」という)を設置、運営する主体である。
X(昭和35年生)は、平成17年4月にY病院企業団が運営する本件病院の職員として任用され、本件病院において勤務をしている者である。Xがパワーハラスメントを受けたと主張する平成28年10月から平成29年2月当時は、本件病院の事務部医事課長の地位にあった
B事務次長は、本件病院の事務次長として勤務していた者である。また、C事務長は本件病院の事務長として、D庶務課長は本件病院庶務課の課長として、それぞれ勤務していた者である。
B事務次長は、平成28年10月から平成29年2月にかけて、C事務長、B事務次長、D庶務課長、Xらが出席する会議の場やミーティングルーム等において、Xに対し、様々な発言を行った(発言1ないし発言7、具体的な発言内容は大部にわたるため省略。なお、違法と判断した発言については以下の「判断の要旨」を参照)。
Xは、平成29年4月17日、病院の精神科において、適応障害で3か月間の休養が必要との診断を受けた
Xは、同日から同年7月16日まで3か月の病気休暇を取得し、Y病院企業団は、同年7月15日付けで、Xに対し、同年7月16日から同年10月15日までの期間、休職を命じた。
その後、Xは、原因となった職場の上司と直接関わりをもたなければ、職場復帰が可能であるとの診断を受けた。
Y病院企業団は、同年8月21日付けで、Xに対し復職を命じた。

本件は、上記の事実関係のもと、Xが、①B事務次長からパワーハラスメントを受け、さらに、②C事務長及びD庶務課長が、B事務次長のパワーハラスメント行為について適切な対応を採らなかったとして、これらにより適応障害、睡眠障害等を発症したと主張し、Y病院企業団に対し、国家賠償法1条1項及び債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償請求として、約550万円(治療費、慰謝料等の合計額)及び遅延損害金の支払を求めた事案です。

 

争点

本件の主な争点は、①B事務次長の行為の違法性、②B事務次長の行為とXの適応障害との因果関係、③C事務長及びD庶務課長の行為についての安全配慮義務違反、です。

 

本判決の判断の要旨

一般に、パワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係等の職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的、身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいい、この限度に至った行為は、国賠法上も違法と評価すべきである。

本件で、B事務次長は、Xの直属の上司であり、B事務次長が原告の報告を受け、助言をするような優位の立場であったことは、明らかというべきである。

その上で、以下の発言1ないし発言7について、以下の事情を適示した上で、それぞれが、職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて精神的、身体的苦痛を与える行為にあたり違法であると判断する。

(1)発言1について(具体的な発言内容は不明)

→ 業務上の必要性は否定できないものの、

Xが嘘つきである、偉そうに言っているからむかつく、などと叱責ないし罵倒し、業務上の必要性を超え不必要にXの人格を非難するに至っているものと認められる

ペンで机を叩く動作も交えられた

他の管理職が居合わせる会議の最中

14分間近くにわたって厳しい叱責や侮蔑的な発言をし、C事務長が文書での提出を命じて締め括ろうとした後も、さらに非難を続けた

(2)発言2について

発言内容:「何一つ出来もしない一番程度の低い人間が一番偉いって俺には聞こえるからむかつくんだよ」「まともなこと一つもできもしねえ人間が」「何気取ってんの。だから無理だって言ってんだよ。だから、あなたが書いてくんのはすべて見て腹も立つ。全部嘘だもん俺から言わせりゃ」「おめーが馬鹿だからだべや。おめえの管理不足だからそんなってることを俺はいってんだよ。」「一番恥なんだよ。人として。」「お前みたいな嘘つきはいないよ。嘘つきと言い訳の塊の人間なんだよお前。」「生きてる価値なんかないんだから。」など

→ 報告書の記載に対する指摘や問い質し、管理職としての態度に対する注意を意図する部分も含まれるものの、

発言内容には罵倒を含み、個別の行為や業務態度に対する具体的な注意という範疇を超えて、人格全体に対する攻撃、否定に及んでいる

机を叩く威圧的な動作も交え、

報告事項と無関係な事柄も引き合いに出しつつ、約40分間という長時間に及ぶ

(3)発言3について

発言内容:「なめてるのお前。」「何でおめーみていな馬鹿のため謝んなきゃいけねーんだよ。」「責任とってないの。よくよく考えた方がいいんじゃねえか。」など

→ 合理的理由なくなされた罵倒で、

机を叩く動作を交えつつ

他の管理職の居合わせる会議の場で、

約10分間にわたってなされた

(4)発言4について

発言内容:「こんな馬鹿でもできることすらも。ていうか責任感ないよね」「切っちゃうからいーけどさ。そーいうことは未来なくすからいいけど」「最低だね。人としてね。で、一個は言い訳と嘘をつきっぱなしだよ」など

→ Xが叱責を受けるべき理由は認められないにもかかわらず、

人格否定にも及ぶ著しく侮辱的な内容や、脅しを含めた内容を述べるもの

Xのわずかな返答にも長い非難を連ね、一方的に罵ったと評価すべき態様

時間は約15分間と比較的短時間であるものの、

発言がなされた場所は事務室内の事務次長席であり、他の管理職や、Xより下の地位の職員が多数在席する中であったと認められる。

(5)発言5について

発言内容:「失格」「失格者」と繰り返し、「一体君は嘘つくのが8割うそつきなんだから、2割の本当は何なんだ」「人として恥ずかしくねーかよ」「テメーの言うことが誰が聞くんだ馬鹿(原文ママ)」「俺から見るとぶっ飛ばしてーよ」「何様なんだよ」「下がるか、この病院から去って欲しいよ。そこの根本的なところがかわらない人間はもう失格なんだよ」「お前なんかだれも課長だと思っちゃいねえぜ」「誰もお前には期待していない」「精神障害者かなんかだよ」

→ 業務上の必要性があった旨のY病院企業団の主張は一定の裏付けがあるものの

Xの人格を否定する言葉をあからさまに並べ、侮蔑的にすぎる発言や、劣等感を煽り、暗に降格を促すような発言をしている

約50分間もの長時間にわたり、

その大半において、B事務次長が一方的にXを責め続けるという態様のもの

(6)発言6について

発言内容:「お前は本当にひどい人間だね。俺こーんな最低な子と思わなかったよ。」「お前の人間性って全然甘い」「うそつきなんじゃないの。君は、いつも嘘をついてきてんじゃないの」「言い訳と嘘の塊」「全然わかってないよ。あまいよ。何様なんだよ。世の中なめてんじゃねえよ。馬鹿野郎」「嘘ついてるんですか。そうやって。追い詰められれば、すぐ、そういう嘘をつく。」「ただ課長としての仕事しろよな。やんなかったら懲戒分限処分てのをかけるからねよ。どんどん。(原文ママ)」

→ Xに非難すべき事情がなく業務上の指導の必要性があると言い難い

性格や人間性といった、人格の否定に至る言葉であり、罵倒や脅しというべき言葉を交え

約54分間にわたって

発言5と同様、Xを一方的に責め続けた

(7)発言7について

発言内容:「一回、精神科行ったらー」「病気なんじゃねーの」「人として信じられないんですけど。あなた自身が。その狂い。」「わりいけど病気なんかもしれんけど、そういうのはできない子かもしれんけど、迷惑なんだよー。」「わからない脳みその中身なの。」「お前は悪いけどD以下」「できないなら、できないって言ってくれよー。自分で降りてくれよ頼むから」「本当に迷惑、頼むから降格処分してくれよ」「来年1年たったら、自分で出せ」

→ 業務上の必要性が全くなかったとういことはできないものの

業務上必要な注意の域を超えた人格否定であることは明らか、侮蔑的な発言、発言5以上に強く降格を促すような発言

約1時間にわたって

強い語調で、一方的に暴言を浴びせかけたもの

 

そして、Xは、睡眠障害や、耳鳴り、食欲不振、胃腸痛等の症状を覚えるようになり、病院において、B事務次長から過度に威圧的な言動を受け続けたことによる適応障害との診断を受け、さらに、産業医は、事務次長のパワーハラスメントが誘因であると判断していることから、B事務次長のパワーハラスメント行為とX の適応障害との間には、相当因果関係が認められる。

C事務長及びD庶務課長の行為についての安全配慮義務違反

一般に、使用者は、従業者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して従業者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う。そして、使用者に代わって従業者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の上記注意義務の内容に従って、その権限を行使すべき義務がある

本件において、C事務長は、事務長として、病院の事務を掌り、所属職員を指揮監督する職責を有しており、Xの上司の立場であるほか、事務部でのハラスメント防止の責任者でもあったことが認められる。このことからすると、使用者に代わって従業者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者であったと認められるが、発言1及び発言3の行われた会議に同席するなどし、B事務次長のX に対するパワーハラスメント行為の少なくとも一端を目の当たりにし、状況を認識していたにもかかわらず、B事務次長の言動について注意や制止をすることはなく、X の休職以前に何らかの対応を採った様子も見当たらない。よって、安全配慮義務に違反する。

他方、D庶務課長は、他の課の課長であるXに対し、業務上の指揮監督をする立場にはなかったと認められるので、Xに対して安全配慮義務を負う立場にはない。

コメント

労働施策総合推進法が改正され、大企業については2020年6月1日から、中小企業は2022年4月1日から、パワーハラスメント防止措置を講じることが事業主の義務になっています。

同法において、職場におけるパワハラの定義について、職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③の要素を全て満たすもの、とされています。

通常の解雇の要件である客観的に合理的な理由等がないことだけで、解雇が無効であるとの結論は導けますが、本判決はさらに、均等法違反であることも明示した上で不法行為が成立すると判断しています。その上で給付されるべき出産一時金・育児休業給付金等を損害と認定し、さらに、通常は労働者としての地位確認や賃金請求により金銭的補填がされたと認められる傾向にある精神的損害についても、保育所入所取消という事情はあるにせよ、別途慰謝料として認めています。つまり、不当解雇であるからといって必ずしも不法行為を構成するとは限らないところ、本件解雇は均等法に違反していることが不法行為と認定された大きな要因となっており、その場合は本件のように思わぬ高額の損害が認定される可能性があるということです。

その中で、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたか否かについて、業務上必要かつ相当な指導や叱責との区別が問題となるわけです。この点について形式的で画一的な判断基準はありませんが、本判決は、どのような要素に基づいて判断するかについて非常に参考となります。つまり、発言内容や発言に至った経緯を踏まえた上で、①動機や目的の正当性の有無、②人格的な配慮の有無(人格非難に及んでいるか、他者の面前で行われたものかなど)、③注意、指導の態様(時間、口調、一方的なものかなど)がポイントになろうかと思います。

具体的には、本判決を含めこれまでの裁判例を見ると、以下の例が考えられます(○は違法ではない、×は違法だと判断されやすい要素を示します)。

そして、通常の解雇の要件を検討するにあたっては、日ごろの注意・指導や改善要求、処分の積み重ねが重要になることを改めて確認しておきましょう。

 

動機や目的の正当性

○ 労働者に問題となる行動がある

× 注意や指導を行う必要がない

× 同じような問題行動を行う従業員がいる中で、特定の労働者に対してのみ注意や指導を行う

× 日頃から悪口を言ったり折り合いが悪い中で、些細なことで注意を行う

人格的配慮

○ 労働者の人格を非難するような注意・指導を行わない

○ 別室で注意・指導を行う(他の従業員に知られないような配慮を行う)

× 他の従業員が聞いている場所や伝わる方法で公然と注意・指導を行う

○ 本人と面と向かって対話しながら注意・指導を行う

○ 指導・注意を行った後に精神的なフォローを行う

○ 業務を離れた場所(飲み会など)では、注意した内容を引きずらない

注意・指導の態様

○ 注意・指導の時間について通常必要な時間にとどめる

× 感情的になったり、暴言を言う

× 複数名で取り囲むなど威圧的・高圧的な態度で接する

× 注意・指導時に暴力や暴行を行う

× 机を叩いたり、物を振りかざしながら注意・指導を行う

× 一方的に注意・指導するだけで、本人の言い分を聞こうとしない

○ 問題点を指摘して改善策を提示し暫く様子を見る

× 同じことを何度もネチネチと指摘する

  

なお、パワハラが生じた場合の対応策及びパワハラが起こらないための未然防止策については、こちらをご参照下さい。

参考

平成30年(ワ)第256号 損害賠償請求事件

令和2年7月1日 東京地裁立川支部判決

* 事案を分かりやすくするため一部事実を簡略化しています。

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