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企業支援エトセトラ

令和4年3月10日

39.不可抗力

はじめに

新型コロナウイルス感染症が世界各国に蔓延し、パンデミックの1年目には、契約上の義務を負う当事者が新型コロナウィルスを理由とする不可抗力(Force majeure)やハードシップ(hardship)を主張できるかどうかの問題がよく議論されました。ようやく、先進国では予防接種が普及し、新規感染者数の増加ペースも収まり、峠を越えたようです。

ところが、ここにきて、先月24日、よもやのロシアがウクライナ侵略を敢行したことで、今度は、立ち直りかけたサプライチェーンが人為的に遮断されるリスクが増大してきました。想定外のことが取引を取り囲む環境で起こりやすくなっています。

そこで、契約における「不可抗力」の意義についておさらいしたいと思います。

契約責任の原則と例外

契約は守らなければならない。つまり、契約内容に従って、履行しなければならないのが原則です。民法(令和2年4月施行)でも、債務者が「その債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるとき」は、債権者は損害の賠償を請求することができるとしています(415条1項)。

もっとも、「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない」場合は、この限りでないとして免責しています(同項但書)。その有無の判断は、契約の形式的文言のみによることなく、契約の目的、契約締結の経緯その他の契約をめぐる一切の事情を考慮し、社会通念に照らして、判断されるべきものです。

この帰責事由の有無の判断では、必ずしも「不可抗力」といったドラスティックな事実がなくても、免責されることはあるので、「不可抗力」よりは広い概念です。

これに対し、一定の客観的事情がある場合に、義務の強制を制限又はその内容を改訂するための工夫として、当事者が、類型的な事態を想定し、契約書の中に、予め、条項を盛り込むことがあります。

「不可抗力」については、風土、文化、制度、商慣行の異なる国家間で取引が行われる場合、すなわち国際取引で多用されるところ、国際契約の作成や国際商取引紛争の解決に当たり準拠されることもあるUNIDROIT国際商事契約原則(国際取引に適用される法の統一に向けて私法統一国際協会(UNIDROIT)が作成した準則)の規定について見ていきたいと思います。

以下に述べる通り、不可抗力(Force Majeure)は、義務からの解放のアプローチであり、ハードシップ(Hardship)は、義務の内容の改訂のアプローチです。

不可抗力(Force Majeure)とハードシップ(hardship)

(1) 不可抗力(Force majeure)(上記原則7.1.7)

・債務者は、以下の障害を証明することで免責される

その不履行が自己の支配を超えた障害に起因するものであること
その障害を契約締結時に考慮しておくこと、

または、

その障害もしくはその結果を回避しもしくは克服すること

合理的にみて期待し得るものでなかったこと

 

但し、以下の制限がある。

合理的期間内に障害の通知を行わない場合には損害賠償責任を負う。
障害が一時的なものであるときは、履行に及ぼす影響を考慮して合理的な期間内に限る。

・債権者は、これに対応し、以下の義務がある。

履行遅滞が重大な不履行にあたる場合には契約を解除できること
自己の債務の履行を停止すること

(2) ハードシップ(hardship)(上記原則6.2.2)

・債務者は、以下のようなハードシップが認められる場合、契約の再交渉を求めること(場合によっては、裁判所・仲裁人による改訂)ができる。

履行に要する費用が増加しまたは受領する履行の価値が減少し、それにより契約の均衡に重大な変更をもたらすような出来事の発生
契約締結後に、その出来事を知ったこと
契約締結時に、合理的にみてその出来事を予見できなかったこと
不利な立場の当事者の支配を超えた出来事であること
不利な立場の当事者によりその出来事のリスクが引き受けられていなかったこと

最後に

繰り返しになりますが、一旦契約が成立した以上これに従わなければなりませんが、「不可抗力」条項は、一定の予見不能・支配不能の出来事が発生したときに、事情変更の法理として、事後的な例外的救済を認めるものです。ですから、ことの性質上限定的に解釈されることになります。想定外の事態に備えるために想定外の事態を予想して規定にすること自体、予見できることになるかとの疑問もあろうかと思います。しかし、どういう事態が想定外の事態か明確にすることで、まさかの時の交渉にも、こういう想定外の事態が書いてあるということで、取引の決裂を回避する手段にもなります。この激変の時代に、改めて、「不可抗力」条項が必要な事態は無いか、具体的にはどのような事態で、どのようなリスクがあり、どのように対処すべきか、考えていただければと思います。

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