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令和4年9月14日
今回は、従業員に対するシフトの削減が会社の裁量の範囲を超えるとしてその分の賃金の支払いを会社に命じた事例です。シフト制を採用する会社にとっては参考になる事案だと思いますので、ご紹介します。
本件は、上記の事実関係のもと、Y会社がXに対して、本件合意に基づく債務の不存在の確認を求め、XがY会社に対して、反訴として、Y会社の責めに帰すべき事由により本件合意に基づく就労ができなかったとしてその分の未払賃金の支払いを求め、予備的に、平成29年8月以降のシフトの大幅な削減が違法かつ無効であるとしてその分の未払賃金の支払いを求めた事案です。
本件の主な争点は、本件合意の有無及びX会社のシフトの不当な削減による賃金請求権の有無です(その他にも複数の争点がありますが、本稿では割愛します)。
本件合意の有無について
(1)勤務時間の合意について
雇用契約書には、始業・終業時刻及び休憩時間欄に、始業時刻午前8時00分、終業時刻午後6時30分、休憩時間60分の内8時間のほか、手書きの「シフトによる。」という記載があるのみで、週3日であることを窺わせる記載はない。また、Yの勤務開始当初の2年間における勤務実績を見ても必ずしも週3日のシフトが組まれていたとは認められない。さらに、X会社の介護事業所においてシフトを組む際には、管理者、相談員、運転、入浴担当、アクティビティー担当等の役割を考慮して、各役割につき1人ずつ配置する必要があるところ、Yは運転免許や相談員の資格を有しておらず、アクティビティー又は入浴のシフトに入る必要があることからすれば、他の職員との兼ね合いから、Yの1か月の勤務日数を固定することは困難であると考えられる。
以上によれば、Yが、X会社の求人に応募した際に、勤務時間について週3日、1日8時間、週24時間の希望を有していたことを踏まえても、そのような内容の合意をしていない旨のX会社代表者の供述は信用できる。
(2)就労場所及び職種の合意について
雇用契約書には、就業場所をX会社の各事業所とするのみで、主たる事業所の記載はなく、業務内容は空欄であること、X会社においては、介護及び児童デイサービスの各事業場の担当者が集まってシフトを決定するものであり、人手不足のために人員を融通しあうこともあったこと、Yも児童デイサービスのシフトを入れられて以降、少なくとも当初は異議を述べることなく当該シフトに応じて児童デイサービスの業務を行っていたことからすれば、合意をしていない旨のX会社代表者の供述は信用できる。
以上によれば、本件労働契約において、勤務時間について週3日、1日8時間、週24時間、勤務地について介護事業所、職種につき介護職とする本件合意があったとは認められない。
シフトの不当な削減による賃金請求権の有無について
シフト制で勤務する労働者にとって、シフトの大幅な削減は収入の減少に直結するものであり、労働者の不利益が著しいことからすれば、合理的な理由なくシフトを大幅に削減した場合には、シフトの決定権限の濫用に当たり違法となり得ると解され、不合理に削減されたといえる勤務時間に対応する賃金について、民法536条2項に基づき、賃金を請求し得ると解される。
本件では、前記事案の概要⑤のとおり、少なくとも勤務日数を1日(勤務時間8時間)とした同年9月及び一切のシフトから外した同年10月については、同年7月までの勤務日数から大幅に削減したことについて合理的理由がない限り、シフトの決定権限の濫用に当たり得ると解される。
この点、X会社は、Yが団体交渉の当初から、児童デイサービス事業所での勤務に応じない意思を明確にしたことから、Yのシフトを組むことができなくなったものであり、Yが就労できなかったことはX会社の責めに帰すべき事由によるものではない旨主張するが、Yが児童デイサービスでの半日勤務に応じない旨表明したのは同年10月30日であるから、10月のシフトを決める時点でYが一切の児童デイサービスでの勤務に応じないと表明していたことを認めるに足りる証拠はない。そして、X会社はそれ以外にシフトを大幅に削減した理由を具体的に主張していないことからすれば、同年9月及び10月について、同年7月までの勤務日数から大幅に削減したことについて合理的な理由があるとは認められず、このようなシフトの決定は、使用者のシフトの決定権限を濫用したものとして違法であるというべきである。一方、Yが児童デイサービスでの半日勤務に応じない旨表明した日以降である同年11月以降のシフトから外すことについてはシフトの決定権限の濫用があるとはいえない。
以上の理由から、Yの同年9月及び10月の賃金については、前記シフトの削減がなければ、シフトが削減され始めた同年8月の直近3か月(同年5月分~7月分)の賃金の平均額を得られたであろうと認めるのが相当であるので、実際にYに支給された賃金との差額分及び遅延損害金を支払わなければならない。
本件はシフト制における勤務日数・勤務時間の削減がシフト決定権限の権利濫用にあたるとして、減少した分の賃金の支払が命じられた事案です。
Yは、シフト制は、繁閑等に応じて、会社が自由にその裁量で勤務させることが可能になりかねず、賃金を唯一の収入とする労働者の利益を害することが著しいことから、シフトによるというだけの合意をすることは考えられないと主張しましたが、本判決では、翌月の勤務に関する希望を踏まえて、シフトによって勤務日及び勤務日数を決定する方法は、労働者の都合が反映される点で労働者にとっても都合のよい面もあるのであって、シフトによるという合意自体があり得ないものとはいえないとしています。
シフト制が労働者にとって都合の良い面もあることを認定した上で、シフトに入っていない部分の賃金請求ができないことを改めて確認したもので、当たり前の内容ではありますが、裁判例としてこの点が明確に確認されたのは初めてのようです。
シフト削減分の賃金請求については、具体的な労働契約の内容を解釈することで所定労働日数や最低勤務時間数が特定した上で、それに不足する分について賃金請求できるとした裁判例はこれまでもありましたが、本件は、そうした所定労働日数や最低勤務時間数が特定できない中で、会社のシフトの決定権限の濫用を認定した上で、直近3か月分の賃金をもとに削減したシフト分の賃金請求を認めたという点に特色があります。従業員のシフトについて、所定労働日数または勤務時間が決まっている場合にそれよりシフトを削減する場合、あるいは、そうでない場合でも大幅にシフトを削減する場合には、その根拠を明確にしておく必要があります。
なお、本件は民法536条2項に基づく請求を認めているのですが、同条項は、本件に即して言うと、会社の責任により、従業員が労務の提供という債務を履行することができない場合は、会社は賃金の支払を拒否できないという規定であるところ、そもそも特定の労働日が観念できない以上、従業員の労働義務も観念できないはずであり、従業員の債務不履行を前提とする同条項を用いるという法律構成には若干疑問が残るところです(但し債務不履行や不法行為に基づく損害賠償請求という構成は可能だと思われますので結論的には同じになる可能性はあります)。
なお、コロナ禍の影響によりシフトを削減した場合はやむを得ない側面があるため、シフトの決定権限の濫用と判断される可能性は低いでしょう。その場合、従業員は、新型コロナウイルス感染症対応休業支援金等を利用することができます。
シフト制に関しては、令和4年1月に、厚生労働省により「いわゆる『シフト制』により就業する労働者の適切な雇用管理を行うための留意事項」が公表されています。今後、この内容についても折を見て解説したいと思います。
令和30年(ワ)第8602号ほか 債務不存在確認請求本訴事件、未払賃金等請求事件
令和2年11月25日 東京地裁判決
* 事案を分かりやすくするため一部事実を簡略化しています。
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