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相続

平成28年5月10日

26.法定相続分と具体的相続分

法定相続分という言葉は皆さまもご存じかと思います。例えば奥さんとお子さん二人(長男、長女)が相続人の場合、奥さんの法定相続分は2分の1で、長男さんと長女さんの法定相続分はそれぞれ4分の1になります。

これに対し、具体的相続分という言葉はあまりお聞きになったことがないと思います。実は本連載の「6 寄与分と相続」の本文5行目で具体的相続分という言葉自体は使用しています。ただ、その意味を説明していませんでしたので、今回ご説明致します。

(1)  例えば上記の例で、被相続人(夫)の遺産としては不動産だけだとします。従って、遺産分割としてはこの不動産をどのように分けるかの問題になりますが、長男が亡父生前に特別受益として既に自宅を貰っていたとします。特別受益ですから、いわゆる持ち戻しが生じ(「持ち戻し」については、本連載の「5 特別受益と相続」をご参照ください)、法定相続分の計算対象となる遺産としては「遺産としての不動産+長男の自宅」が基準となり、それに対する妻の法定相続分が2分の1です。

(2)  しかし具体的に分割するのは遺産としての不動産だけです。もしこの遺産としての不動産を相続人全員で共有するという遺産分割協議を行う場合、妻や子らの法定相続分が具体的に分割する不動産に対しては何%になるかを計算しなければなりません。これが「具体的相続分」です。「実際に分割すべき具体的遺産に対して相続人が有する相続分」と理解して下さい。この例の場合、妻や長女の具体的相続分割合は法定相続分割合より増加し、長男の具体的相続分割合が減少するであろうことは直観的にもご理解頂けるでしょう。

(3)  ところで、不動産については「評価」の問題が生じます。前回「遺産分割に際しての評価基準時は遺産分割時である」と申し上げましたが、この具体的相続分を算定する場合の不動産の評価時点は「相続発生時」です。そのことは民法903条、904条に規定されています。ややこしい話で申し訳ないのですが、具体的相続分は、遺産分割の前提として決めておくべきことですので、その計算をするための遺産評価は相続発生時が基準になるのです。

(4)  では、相続分についてどの程度の増加、減少が生じるのか具体的に計算してみましょう。仮に遺産としての不動産の相続開始時の評価額が5000万円、長男の自宅の評価額が2000万円だとしますと、これに対する妻の持分は、1/2×(5000万円+2000万円)=3500万円、長女は、1/4×(5000万円+2000万円)=1750万円、長男は1/4×(5000万円+2000万円)-2000万円=-250万円となります。単位を「円」で記載していますが、あくまで「割合」の計算上の便宜であり、妻や長女がこれだけの金額を実際に貰うということではありません。同じく、長男はマイナスになっていますが、これは、分割すべき遺産である不動産に対する具体的相続分がないことを意味するだけで、マイナス分を妻や長女に返還せよという意味ではありません。具体的な遺産に関する持分の計算ですので、「マイナスの持分」というものはないのです。

そこで、遺産としての不動産が具体的にはどういう「割合」で分割されるかというと、

妻:3500万円[妻取得分]/(3500万円[妻取得分]+1750万円[長女取得分]+0円[長男取得分])=2/3≒66.7%、

同じ計算方法で、

長女:1/3≒33.3%

長男:ゼロ

になります。つまり、不動産を共有するという遺産分割協議を行うと、妻2/3、長女1/3=の割合(長男は持分なし)で共有することになるわけです。妻が全部取得して長女に代償金を支払うという分割協議が成立した場合は、遺産としての不動産評価額の3分の1相当額を長女に支払うことになりますが、前回申し上げましたように、その場合の評価基準時は、「遺産分割時」です。例えば長男が特別受益の有無で争ったために、それが決着するまで遺産分割協議が遅れ、不動産が6000万円に値上がりしておれば、妻は長女に2000万円を渡さなければならなくなりますし、逆に4500万円に値下がりしておれば、1500万円で済む、ということになります。

(5)  条文上の規定はありませんが、特別受益と同じく、寄与分も具体的相続分を決定する基礎になりますので、その評価基準時も相続開始時だと考えられています。仮に上記の例に加えて、妻に500万円の寄与分が認められた場合の、各相続人の具体的相続分を計算すると、次のようになります。

①  まず、法定相続分の計算対象になる遺産の範囲としては、特別受益は相続財産としては持ち戻して加え、法定相続分に従って取得分を計算したうえで、特別受益を得たものについては控除しますが、寄与分の場合は逆に、一旦は遺産から控除して最終的に寄与分権者である妻に加算します。従って具体的相続分の計算は次のようになります。

妻:1/2×(5000万円+2000万円-500万円)+500万円=3750万円

長女:1/4×(5000万円+2000万円-500万円)=1625万円

長男:1/4×(5000万円+2000万円-500万円)-2000万円=-375万円(前記同様、長男には具体的相続分がありません。)

②  次に、現実の遺産である不動産が具体的にどのような割合で分割されるかというと、以下のとおりになります。

妻:3750万円/(3750万円+1625万円+0円)=30/43≒69.97%

長女:1625万円/(3750万円+1625万円+0円)=13/43≒30.23%

長男:ゼロ。

寄与分のある妻の持分(具体的相続分)が、特別受益のみの計算の際よりも更に増加し、他方、長女の持分(具体的相続分)が減少したことがお分かり頂けると思います。長男は、マイナスが増えるだけですので、「具体的相続分」としてはゼロで変わりはありません。

(6)  このように、特別受益や寄与分があった場合には、「具体的相続分」の計算が必要になります。評価時点を含め、その計算自体は弁護士等の専門家に任せるとしても、特別受益や寄与分が問題になった場合は、そのような計算をして、取得できる持分が法定相続分から変化するのだということだけでも覚えておいて頂ければと思います。

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