平成30年8月7日
前回の事件の経過から特に関連する部分をクローズアップします。事実関係の全般はこちらをご覧ください。
平成2.6.8 Kは、K社の株式と不動産現物出資でKR社設立(時価の10分の1以下の価格で計上)(①)。
平成3.12.5 Kは、A社他13社に対し、KR社持ち分譲渡(廉価で譲渡、Kの支配率48%に低下)(②)。
平成3.12.13 Kが死亡(③)。
その後、相続税評価通達の評価基準に従い、相続財産を評価し、Hら相続人が相続税の申告を申告。Hらは、K社株式を、配当還元方式で評価、KR社の著しく安い現物出資資産の簿価と時価の評価差額について、法人税相当額(51%)を控除して計算。
ところが、課税庁は、
(1) K社株式は、配当還元方式ではなく、類似業種比準方式で評価すべきであり、
(2) KR社の現物出資資産の簿価と時価の評価差額について、法人税相当額(51%)の控除をすべきではない、
として増額更正。
①相続財産であるKR社の株価を評価する際に行うKR社の資産であるK社の株式の評価 | KR社の現物出資資産の簿価と時価の評価差額の取扱い | |
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(1)原則適用(あるいは形式適用)(Hらの主張) | KR社の保有するK社の株式の評価方法は、KR社がK社の同族株主でない場合には、配当還元方式で評価される(財産評価基本通達(以下、「評価通達」といいます。」188項、188-2項)。 ⇓ K社の同族株主が保有するKR社の出資は48パーセントだから、配当還元方式によるべきである。 |
開業後3年未満の会社の株式の評価は、純資産価額方式によって評価される(評価通達189-3項)。株式を純資産価額方式で評価する際、評価差額に対する法人税額等相当額が控除される(185項、186-2項)。 ⇓ KR社は、相続開始の約1年半前に設立されたものだから、純資産価額方式によるとして、この場合、評価差額に対する法人税等相当額が控除(当時51%)されるべきである。 |
(2)不都合・修正の価値判断(課税当局の主張=地裁・高裁の判断) | KR社をHら一族の実質的な支配下に置きつつ、形式上、保有出資割合を50パーセント未満にとどめるための手段として、K社の取引会社13社への出資口の譲渡を行ったもの。 (理由) Hら一族は、KR社の総出資口数の48パーセントの出資口を保有 KR社は、不動産賃料収入のみを収入源とするものであり、投機的価値はない KR社の定款には、同社の出資口の譲渡制限 上記13社は、各4パーセントずつを保有しているのに過ぎない 上記13社は、相互に競争関係にある 上記13社は、K社との良好な取引関係を継続するために出資口を譲り受け |
評価通達185が存在することを利用して、意図的に多額の評価差益を作出した上、これに対する法人税額等控除を行うことによって相続税額の負担を軽減させようと画策したもの。 (理由) ① 明らかに経済的合理性を欠く現物出資 つまり、 相続が発生する直前にKR社を設立 総額64億円に相当するK株式会社の株式を僅か5,000万円で出資、時価13億円を超える土地建物を僅か4億円余りで出資 ② ①による意図的な多額の評価益の作出 ③ ①があるから②が生じ、法人税等相当額の控除ができるようになる。 |
(3)ルールの趣旨 | 評価通達全般の趣旨: 相続財産の客観的な交換価値を個別に評価する方法をとると、その評価方法、基礎資料の選択の仕方等により異なった評価額が生じ、 課税庁の事務負担が重くなり、 回帰的、かつ、大量に発生する課税事務 の迅速な処理が困難となる。 そこで、あらかじめ定められた評価方法により画一的に評価することで、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減にかなう。 ⇓ 形式的な平等を貫くことによって、かえって、実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかである場合は、他の合理的な方法により評価すべき。 |
評価通達185項の趣旨: 個人事業主とほとんど変わらない状況にある会社組織において長年にわたり事業が営まれ、その所有する事業用資産である土地等が値上がりした場合、純資産価額方式によって株価の評価を行うと多大な相続税負担が生じるため、 値上がりによって生じた評価差益に対する法人税額等を控除するという名目で中小企業の相続税負担の軽減を図った。 ⇓ 殊更、節税目的でなされた、不合理な行為によるものは、適用の射程外。 |
(4) 法律構成 | 評価会社(K社)に対する影響力を持ち支配力がある株式に対しては原則的な評価手法である類似業種比準方式によるべき。 | 相当程度長期間にわたって存続することが予想される会社の株価を評価するのに当たっては、控除すべき法人税額等の現在価値はゼロとして、その控除を行うべきではない。 |
本件事件は、言ってしまえば、相続税額を算出するための相続財産の評価の方法に関する争いです。
しかし、相続時における事実関係という一断面を切り取っただけでは、本件事件での争点は浮かび上がってきませんでした。
課税当局は、相続時の事実関係を出発点に、時間的に遡り、被相続人と推定相続人間の直接的財産行為だけでなく、被相続人とやがて被相続人の所有の客体となる新設法人との間の財産行為(会社設立~現物出資)、被相続人の第三者への出資持分の譲渡、被相続人の所有の客体である法人と他の法人や推定相続人の間の財産行為等を一つ一つピックアップし、これを全体として再構成することで、租税回避の目的を除けば、経済的に見て不合理な行為であり、これらを経て、作出された結果に評価通達を形式に適用すれば、巨額の相続税の納付が回避させられてしまうことを看破しました。
相続財産の評価の場合、法律上の根拠条文は、一部を除き相続税法22条しかなく、これを補充しているのが、評価通達です。評価方法について、法律で定められた基準がないから、租税法律主義の制約に直接触れることなく、行為計算否認規定によるよりも柔軟に租税回避行為に対応できたのです。
また、「同族会社」の要件と判断基準は法人税法2条10号及び法人税法施行令2条に規定されていますが、評価通達による会社に対する支配の有無について、同施行令同条を参照しつつも、「同族株主」という別の概念により評価会社に対する支配を評価しています。
本件の場合、価値判断としては、まじめな納税者と姑息な納税者の公平を図るという意味で、国民感情的には納得に行くものかと思います。
しかし、法律の規定がないから通達が規定しているに過ぎないのに、法律の規定がないから柔軟に対応できてしまうというのでは、場当たり的になりかねず、本末転倒です。裁判所は、あらかじめ定められた評価方法により画一的に評価することで、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減にかなうとして合理性を認めるなら、評価通達の形式適用が著しく不当であることを基礎づける事情、言い換えれば、具体的納税者の予見可能性は保護に値しないことを基礎づける具体的事実(評価根拠事実)を主張・立証させるべきでしょう。
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