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社会保険労務判例フォローアップ

平成31年4月18日

25.同一労働同一賃金に関する判例⑦ メトロコマース事件控訴審判決

今回は、以前、同一労働同一賃金に関する判例③として取り上げた「メトロコマース事件」の控訴審判決が出ましたので、ご紹介いたします。昨年(2018年)6月1日に出た最高裁判決(「長澤運輸事件」、「ハマキョウレックス事件」)の内容を踏襲しつつ、最高裁の事件では争点となっていなかった比較対象とする無期契約労働者の範囲に関して第一審と異なる判断をしました。また、無期契約労働者と有期契約労働者との各労働条件の相違に関する判断内容、特に、退職金についての相違が不合理であるという判断が初めてなされた裁判例として要注目です。

事案の概要

Y会社は、駅構内における新聞、たばこ、飲食料品等の物品販売等の事業を行う株式会社である。
X1は、Y会社との間で、平成18年8月1日、期間1年以内の有期労働契約を締結し、Y会社の経営する売店の販売員として勤務している。その後、有期労働契約は反復更新されている(他の原告については省略)。
Y会社における正社員(期間の定めのない従業員)及び契約社員(期間の定めのある従業員)の賃金等に関する相違は以下のとおり
支給項目 正社員(期間の定めなし) 契約社員(期間の定めあり)
本給 月給制(年齢給と職務給で構成) 時給制
資格手当 該当者に3000円~5000円 なし
成果手当 該当者に1000円~7000円 なし
住宅手当 扶養家族あり:1万5900円
扶養家族なし:9200円
なし
家族手当 扶養家族1人につき8000円
2人目以降1人につき4000円
なし
早番手当 なし 1回につき売店ごとに150円~300円
皆勤手当 なし 3000円
年末年始出勤手当 勤務1回につき4000円~8000円 勤務1回につき3500円(後に4000円に改定)
深夜労働手当 1時間あたり通常賃金の3割5分増し 1時間あたり通常賃金の2割5分増し
早出残業手当 始めの2時間までは1時間につき通常賃金の2割7分増し、2時間を超える分は3割5分増し 1時間につき通常賃金の2割5分増し
休日労働手当 1時間あたり通常賃金の3割5分増し 1時間あたり通常賃金の3割5分増し
代休手当 付与された代休をとらないとき、その残日数に対して1時間あたり通常賃金の2割5分増し なし
賞与 年2回支給あり(原則本給の2ヶ月分プラス一定額) 年2回支給あり(一律各12万円)
退職金 あり なし
褒賞 業務上特に顕著な功績があった社員に対して褒賞あり 一部正社員のみしか適用されない褒賞規定あり
Y会社の従業員840名余のうち、正社員は約600名であり、そのうちXらと同様に売店業務に従事しているのは18名である。

上記の事実関係のもと、XらがY会社に対し、不法行為または債務不履行に基づき、期間の定めのない従業員に支給されるべき賃金との差額及び慰謝料等(Xら4名で約4500 万円)とその遅延損害金の支払等を求めたという事案です。

争点

本件の主な争点は、各労働条件の相違に関する労働契約法20条違反の有無です。

Xらは、上記「事案の概要」で述べた正社員と契約社員との労働条件の相違のうち、①本給(年齢給・職務給)及び資格手当、②住宅手当、③賞与、④退職金、⑤褒賞、⑥早出残業手当のそれぞれについて不合理な格差である旨を主張していましたが、第一審では、⑥早出残業手当に関する相違だけが労働契約法20条に違反するものと判断しました。

本判決の判断

まず、労働契約法20条において比較対象とする無期契約労働者を具体的にどの範囲の者とするかについて、本判決は、不合理と認められると主張する無期契約労働者において特定して主張すべきであり、その主張に沿って当該労働条件の相違が不合理と認められるか否かを判断すれば足りる、としました。そして、Xらは、売店業務に従事している正社員に限定しているのであるから、それに沿って両者の労働条件の相違が不合理と認められるか否かを判断しています。なお、第一審のように、対象とする無期契約労働者を正社員全体に設定した場合、職務内容が大幅に異なることになり、不合理性の判断が極めて困難となる、とも指摘しています。

 

また、労働契約法20条でいう「その他の事情」については、使用者が、雇用及び人事に関する経営判断の観点から、労働者の職務内容及び変更範囲にとどまらない様々な事情を考慮して、労働者の賃金に関する労働条件を検討するものであり、基本的には団体交渉等による労務自治に委ねられる部分が大きいことから、職務内容及び変更範囲やこれらに関連する事情に限定されるものではない、としました。本判決は、「その他の事情」として、無期契約労働者が正社員として採用されるに至った経緯も含めて総合的に判断しています。

 

その上で、第一審と異なり、以下の各労働条件の相違が不合理であると判断しました

(1)住宅手当

住宅手当は、従業員が実際に住宅費を負担しているか否かを問わずに支給されることからすれば、職務内容等を離れて従業員に対する福利厚生及び生活保障の趣旨で支給されるものであり、手当の名称や扶養家族の有無によって異なる額が支給されることに照らせば、主として従業員の住宅費を中心とした生活費を補助する趣旨で支給されるものと解するのが相当であり、生活費補助の必要性は職務の内容等によって差異が生ずるものではないこと、また、正社員であっても転居を必然的に伴う配置転換は想定されておらず、契約社員と比較して正社員の住宅費が多額になりうるといった事情もないこと、から労働条件の相違は不合理であると判断しました。

(2)退職金

退職金の法的性格として、賃金の後払い、功労報償など様々な性格があり、一般論として、長期雇用を前提とした無期契約労働者に対する福利厚生を手厚くし、有為な人材の確保・定着を図るなどの目的をもって退職金制度を設け、本来的に短期雇用を前提とした有期契約労働者に対しては退職金制度を設けないという制度設計自体が人事施策上一概に不合理であるとはいえない、としつつ、契約社員の有期労働契約は原則として更新され、定年が65歳と定められており、実際にXらは定年まで10年前後の長期間にわたって勤務していたこと、同じ売店業務に従事している契約社員の中には無期契約労働者になって退職金制度が設けられた者がいることから、少なくとも長年の勤務に対する功労報償の性格を有する部分に係る退職金すら一切支給しないことについては不合理であるとしました。そして、退職金の複合的な性格を考慮しても、正社員と同一の基準に基づいた算定した額の少なくとも4分の1が功労報償の性格を有する部分であると判断しました。

(3)褒章

褒章は、「業務上特に顕著な功績があった社員に対して褒章を行う」と定められているが、実際には勤続10年に達した正社員には一律に表彰状と3万円が贈られており、かかる要件が形骸化していることからすると、業務の内容にかかわらず一定期間勤続して従業員に対する褒章であることは正社員と契約社員では変わりがない。そして、契約社員でも原則として契約期間が更新され、定年が65歳とされているため、長期間勤続することは少なくない。よって、褒章に関する労働条件の相違は不合理であると判断しました。

以上より、本判決は、労働条件の相違のうち、住宅手当、退職金、褒章及び早出残業手当に関する相違は労働契約法20条に違反するものであり、Y会社が不法行為に基づく損害賠償責任を負うと判断しました。

 

コメント

まず、労働契約法20条において、労働条件を比較する無期契約労働者の範囲をどのように捉えるかという点について、第一審とは大きく異なる判断をしました。本判決は、不合理性を主張する側が特定して主張すれば、裁判所はそれを前提に判断すれば良い、としています。職務の内容が異なれば、労働条件の相違が不合理ではないという方向に判断が傾くので、有期契約労働者とほぼ同じ業務内容の無期契約労働者を比較対象として特定すれば、かかる無期契約労働者と比較して判断してくれるという意味で、労働者側にとった有利な判断であるといえます。

 

一方で、「その他の事情」の判断については、長澤運輸事件の第1審判決のように、付随的ないし限定的に捉えるのではなく、幅広い事情を判断要素として考慮できるという考え方を改めて示したもので、最高裁の考え方に近いものといえます。「その他の事情」を幅広く解することができるという判断自体は、同一労働同一賃金という考え方からは遠ざかるものであり、相違を設けた理由について様々な事情を考慮できるという意味では、労働者側にとっては不利に働く判断であるといえます。

 

具体的な各労働条件について、第一審で不合理性が認められなかった退職金をはじめ、住宅手当や褒章について不合理性が認められたという点は労働者にとって評価すべき判断であるとはいえますが、一方で、正社員と契約社員との間でより格差の大きい本給や賞与等の不合理性が認められませんでしたので、X側にとって不満の多い判断であったと評価できます。

控訴審で不合理性が認められるに至った各労働条件について、まず、住宅手当は、これまでの裁判例で比較的、正社員に転勤等が予定されており、住宅費がかかることが予想されるといった理由から、差異を設けても不合理ではない、と判断されることが多かったと思います。本判決ではより当該手当の趣旨や実態に踏み込んで判断したものであり、一概に住宅手当という名称だけで不合理でないと判断されることはないということが明確になったといえます。

また、退職金については、一部とはいえ、正社員との相違が不合理であると判断された裁判例としては初めてのものです。功労報償的な部分を4分の1とした判断根拠はよく分からないところはありますが、正社員には退職金を支給するが、有形契約労働者には支給しない、あるいはかなり低額に抑えても問題ないという感覚は改めるべきといえます。また、契約社員が長期にわって勤続することもあり得るという実態も判断の1つの大きな理由となっています。

今一度、各労働条件について、導入の趣旨だけでなく、実際の運用実態まで検証すべきであるといえるでしょう。 なお、本判決は上告されており、最高裁の判断にも要注目です。

 

最後に、賞与については、第一審も控訴審も同様に、不合理性を認めませんでした。但し、本判決においても、契約社員に対する賞与の支給額が正社員と比較して相当定低額に抑えられていることは否定できない旨は指摘されています。また、最近の大阪高裁において、アルバイト職員に対する賞与不支給が不合理であるとする判断がされていますので、賞与についても不合理性が認められる傾向にあることは否定できません。近々その裁判例もご紹介いたします。

参考

平成29年(ネ)第1842号 損害賠償等請求控訴事件

平成31年2月20日 東京高裁判決

* 事案を分かりやすくするため一部事実を簡略化しています。

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