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社会保険労務判例フォローアップ

令和2年11月9日

31.同一労働同一賃金に関する判例⑩ メトロコマース及び大阪医科薬科大学事件最高裁判決

本年10月13日と15日に、同一労働同一賃金に関する最高裁判決が立て続けに出ました。いずれも本HPの連載において下級審の判断をご紹介したもので、13日は、メトロコマース事件と大阪医科薬科大学事件、15日は日本郵便事件です。一昨年の6月1日に出た長澤運輸事件及びハマキョウレックス事件(詳細はこちら)に続く同一労働同一賃金に関する最高裁判決ということで大変重要な判例であるといえるでしょう。

今回は、そのうち13日に出されたメトロコマース事件大阪医科薬科大学事件の最高裁判決についてご紹介いたします。賞与と退職金について、最高裁が正社員との待遇差の不合理性を認めなかったという点だけがクローズアップされているようですが、あくまで具体的事例に基づく判断であり、一般的に非正規従業員に賞与や退職金を支給しないことが問題ないというわけではないことに注意してください。

 

まずは、それぞれの事件の最高裁の判断をご紹介します。

 

メトロコマース事件

具体的な事案及び第一審、控訴審の裁判例については、過去の連載(第一審はこちら、控訴審はこちら)をご覧ください。

概要としては、駅構内の売店での販売業務に従事していた契約社員であるXらが、正社員との間の労働条件の相違が労働契約法20条に違反して不合理だとして、Y社に対して損害賠償等を求めたものです。

Xらが不合理だと主張する労働条件は、①本給(年齢給・職務給)及び資格手当、②住宅手当、③賞与、④退職金、⑤褒賞、⑥早出残業手当でしたが、第一審では、⑥早出残業手当に関する相違だけが不合理だとされ、その後、控訴審ではそれに加えて、②住宅手当、④退職金、⑤褒章の不合理性も認められました。

最高裁の判断

結論としては、控訴審で認められた④退職金について、不合理性を認めませんでした

主な理由は、以下のとおりです。

ア 退職金の格差の不合理性を判断するにあたっては、当該会社における退職金の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえた諸事情を考慮して検討すべきである

イ 支給要件や支給内容に照らすと、本件退職金は、職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものであり、Y社は、正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとしたものといえる

ウ Xらにより比較の対象とされた売店業務に従事する正社員と契約社員B(筆者註:Y社では、契約社員の雇用形態にA、 Bの2種類あり、Xらは契約社員Bに属していた)であるXらの「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」(以下「職務の内容」という。)をみると、両者の業務の内容はおおむね共通するものの、正社員は、販売員が固定されている売店において休暇や欠勤で不在の販売員に代わって早番や遅番の業務を行う代務業務を担当していたほか、複数の売店を統括し、売上向上のための指導、改善業務等の売店業務のサポートやトラブル処理、商品補充に関する業務等を行うエリアマネージャー業務に従事することがあったのに対し、契約社員Bは、売店業務に専従していたものであり、両者の職務の内容に一定の相違があったことは否定できない

エ また、売店業務に従事する正社員については、業務の必要により配置転換等を命ぜられる現実の可能性があり、正当な理由なく、これを拒否することはできなかったのに対し、契約社員Bは、業務の場所の変更を命ぜられることはあっても、業務の内容に変更はなく、配置転換等を命ぜられることはなかったものであり、両者の職務の内容及び配置の変更の範囲(以下「変更の範囲」という。)にも一定の相違があったことが否定できない

オ さらに、Y社において売店業務に従事する正社員が他の多数の正社員と職務の内容及び変更の範囲を異にしていたことについては、Y社の組織再編等に起因する事情が存在し、また、Y社は、契約社員A及び正社員へ段階的に職種を変更するための開かれた試験による登用制度を設け、相当数の契約社員Bや契約社員Aをそれぞれ契約社員Aや正社員に登用していた。

カ そうすると、Y社の正社員に対する退職金が有する複合的な性質やこれを支給する目的を踏まえて、売店業務に従事する正社員と契約社員Bの職務の内容等を考慮すれば、両者の間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは、不合理であるとまで評価することができるものとはいえない

大阪医科薬科大学事件

具体的な事案及び控訴審の裁判例については、過去の連載(詳細はこちら)をご覧ください。 概要としては、有期労働契約を締結して勤務していたXが、正社員との間の労働条件の相違が労働契約法20条に違反して不合理だとして、学校法人であるY法人に対して損害賠償等を求めたものです。

Xが不合理だと主張する労働条件は、①本給、②賞与、③年末年始及び創立記念日の休日における賃金支給、④年次有給休暇の日数、⑤夏期特別休暇、⑥私傷病による欠勤、⑦附属病院受診に対する医療費補助でしたが、第一審では、すべて不合理ではないとしてXの請求を認めず、その後、控訴審において、②賞与、⑤夏季特別休暇、⑥私傷病による欠勤の相違について不合理性を認めました。

最高裁の判断

結論としては、控訴審で認められた②賞与、⑥私傷病による欠勤のそれぞれの相違について、不合理性を認めませんでした。

②賞与の不合理性が認められなかった主な理由は、以下のとおりです。

ア まず、賞与の格差の不合理性を判断するにあたっては、当該会社における賞与の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえた諸事情を考慮して判断すべきである

イ 賞与の支給基準や支給実績に照らすと、業績に連動するものではなく、算定期間における労務の対価の後払いや一律の功労報償、将来の労働意欲の向上等の趣旨を含むものと認められる。そして、正職員の賃金体系や求められる職務遂行能力及び責任の程度等に照らせば、第1審被告は、正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、正職員に対して賞与を支給することとしたものといえる。

ウ Xにより比較の対象とされた教室事務員である正職員とアルバイト職員であるXでは、「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」(以下「職務の内容」という。)に共通する部分はあるものの、Xの業務は、その具体的な内容や、Xが欠勤した後の人員の配置に関する事情からすると、相当に軽易であることがうかがわれるのに対し、教室事務員である正職員は、これに加えて、学内の英文学術誌の編集事務等、病理解剖に関する遺族等への対応や部門間の連携を要する業務又は毒劇物等の試薬の管理業務等にも従事する必要があったのであり、両者の職務の内容に一定の相違があったことは否定できない

エ また、教室事務員である正職員については、正職員就業規則上人事異動を命ぜられる可能性があったのに対し、アルバイト職員については、原則として業務命令によって配置転換されることはなく、人事異動は例外的かつ個別的な事情により行われていたものであり、両者の職務の内容及び配置の変更の範囲(以下「変更の範囲」という。)に一定の相違があったことも否定できない

オ さらに、教室事務員である正職員が他の大多数の正職員と職務の内容及び変更の範囲を異にするに至ったことについては、教室事務員の業務の内容や第1審被告が行ってきた人員配置の見直し等に起因する事情が存在したものといえる。また、アルバイト職員については、契約職員及び正職員へ段階的に職種を変更するための試験による登用制度が設けられていたものである。

カ そうすると、第1審被告の正職員に対する賞与の性質やこれを支給する目的を踏まえて、教室事務員である正職員とアルバイト職員の職務の内容等を考慮すれば、教室事務員である正職員と第1審原告との間に賞与に係る労働条件の相違があることは、不合理であるとまで評価することができるものとはいえない

コメント

本判決は、いずれも同日に出されたものであり、その判決の構造も言い回しも非常に似通ったものになっています。但し、大阪医科薬科大学事件の方は裁判官全員一致の判断であるのに対して、メトロコマース事件は、1名の裁判官が反対意見を出しています。勤務終了に伴う報償的意味合いの強い退職金と、継続勤務を前提にインセンティブを与える趣旨を含む賞与との違いが背景にある気がしますが、いずれにしても、退職金や賞与について正社員との差額分の支給を求める訴訟ラッシュは回避されたといえるでしょう。

 

いずれの最高裁も退職金及び賞与について、功労報償的な趣旨を含むなど、複合的な性質を認めています。にもかかわらず、控訴審と異なり、退職金及び賞与の格差についての不合理性を認めなかったのは何故でしょうか

(1) まず、前提知識について確認しておきます。

本件でその違法性が問題となっている労働契約法20条には、有期契約労働者と、無期契約労働者との労働条件が相違する場合、①業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(=「職務の内容」)、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲、③その他の事情を考慮して、不合理であってはならないと規定されています。②職務の内容及び配置の変更の範囲とは、今後の見込みも含め、転勤、昇進といった人事異動や本人の役割の変化など(配置の変更を伴わない職務の内容の変更を含む)の有無や範囲を意味します。つまり、労働契約法20条の趣旨は、これら①~③を考慮して有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件の待遇差が不合理であってはならないという、いわゆる「均衡待遇」を求めたものです。

(2) メトロコマース事件及び大阪医科薬科大学事件でいうと、それぞれ、①の事情が、上記1(1)(2)ウの下線部、②の事情が、同エの下線部、③の事情が、同オの下線部に挙げられた事実関係を指します。

今回の最高裁判決では、退職金や賞与の性質・目的を踏まえた上でなお、①②の相違を重視し、さらに、③その他の事情で別の事情(職務内容等が異なるに至った事情、正社員への登用制度など)を重視した点が大きく影響していると思われます。なお、契約社員であっても長期間勤務する場合が多いことや支給実績は結論に影響を与えないとしています。

従来の裁判例では、各労働条件について、その趣旨・目的が非正規従業員にも該当し得るものについては、①②の事情をあまり重要視せずに判断していた傾向があるように思いますが、今後は、後で述べるように、①②の事情を意識した労働条件の設定・改善が求められるといえます。

(3) なお、現在では、労働契約法20条の規定は削除され、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条にその内容が移行していますが、条文構造がほぼ同じですので、同様の解釈が妥当すると思われます。

今回の判例で、退職金や賞与について正社員と非正規社員との間で差を設けても問題ないというお墨付きが与えられたわけでは決してありません

メトロコマース事件では1人の裁判官が反対意見を出しています。その内容は控訴審の判断に概ね同調するものです。また、2人の裁判官が補足意見をつけていますが、その中で、「有期契約労働者がある程度長期間雇用されることを想定して採用されており、有期契約労働者と比較の対象とされた無期契約労働者との職務の内容等が実質的に異ならないような場合には、両者の間に退職金の支給に係る労働条件の相違を設けることが不合理と認められるものに当たると判断されることはあり得る」と指摘されています。「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」同一労働同一賃金ガイドライン)にも、会社の業績等への労働者の貢献に応じて支給する賞与であっても、 通常の労働者と同一の貢献である短時間・有期雇用労働者には、貢献に応じた部分につき、通常の労働者と同一の賞与を支給しなければならず、また、貢献に一定の相違がある場合においては、その相違に応じた賞与を支給しなければならない、と記載されていますので、まだまだ予断は許しません。

今後、会社に求められる対応としては、賞与の支給、退職金の支給を含む労働条件に差を設けている従業員がいる場合には、今回考慮された①~③の事情及び補足意見等を踏まえて、ⅰ)職務内容(業務量を含む)、ⅱ)業務に伴う責任の範囲、程度(決裁権限、求められる役割、部下の人数や指導・監督の有無・範囲、人数臨時や緊急時に求められる対応、売上目標等の有無、人事考課への反映の程度など)、ⅲ)配置変更の範囲(職種変更、配置転換、出向、昇格・降格など)の各相違を明確に説明できるように準備しておく必要があります。

また、正社員への登用制度の有無や登用実績労使間の交渉状況等にも気を配っておく必要があります。

この点、メトロコマース事件の補足意見では、退職金制度が使用者の裁量判断を尊重する余地が比較的大きいものであるとした上で、有期契約労働者に対し退職金に相当する企業型確定拠出年金を導入したり、有期契約労働者が自ら掛け金を拠出する個人型確定拠出年金への加入に協力する企業の存在や、有期契約労働者に対し在職期間に応じて一定額の退職慰労金を支給するなどの対応が均等待遇の理念に沿うものとの指摘もされています。退職金制度や賞与制度が労使自治に委ねられる部分が多いとしても、きちんと協議を行った上で、従業員のライフプランに応じた制度の準備が求められるといえるでしょう。

最後に、もう1つ今回の最高裁判決における大きなポイントがあります。それは、Xらと比較対象されるべき正社員の範囲について、正社員全体ではなく、非正規従業員と同様の業務に従事する正社員と特定した上で判断した点です(上記各判例のウ「X(ら)により比較の対象とされた〇〇業務に従事する正社員と~」とする部分)。

この点について、メトロコマース事件では、控訴審の判断を踏襲していますが、大阪医科薬科大学事件では、特定の業務を行う正社員と比較対照することを認めなかった控訴審と判断を異ならせるものです。職務の内容が異なれば、労働条件の相違が不合理ではないという方向に判断が傾くので、有期契約労働者とほぼ同じ業務内容の無期契約労働者を比較対象として特定すれば、かかる無期契約労働者と比較して判断してくれるという意味で、労働者側にとって有利な判断であるといえます。最高裁として、この点について明確な基準を明示したわけではありませんが、今後の解釈においては、大きな影響があると思われます。以前も述べましたが、職務内容あるいは事業場ごとに労働条件の設定を異ならせている(言い換えれば適用される就業規則等が異なる)場合には、特定の正社員を対象として、待遇差の不合理性を訴えられる可能性が高まるという点で注意が必要でしょう。

 

参考

令和元年(受)第1190号,第1191号 損害賠償等請求事件(メトロコマース事件)

令和2年10月13日 最高裁第三小法廷判決

 

令和元年(受)第1055号,第1056号 地位確認等請求事件(大阪医科薬科大学事件)

令和2年10月13日 最高裁第三小法廷判決

* 事案を分かりやすくするため一部事実を簡略化しています。

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